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 24:10 銀座駅
 福屋浩治
(ふくや こうじ)


     松屋方面口階段を、福屋浩治は一気に駆け下りた。

 もうほとんど時間がなかった。
 時間がないにも関わらず、本部はなかなか判断を下さない。誰だってわかることだ。あと数分で電車が到着する。もう、すでに残り時間は5分を大幅に切っているのだ。せいぜい、3分がいいところじゃないか。

 階段を下りてホームに出ると、そのすぐ前方に竹内主任狩野刑事の姿が見えた。
 2人に駆け寄って一礼した。

「和則ちゃんが本人であると確認されました!」

「…………」
 竹内主任が、いぶかしげな表情で福屋を見返してきた。狩野刑事も黙ったまま、福屋を見つめている。
 聞き取りにくかったのかと思い、福屋はもう一度繰り返した。

「和則ちゃんが確認――」
 竹内が小さく手をあげて、福屋の言葉を遮った。
「一度、聞けばわかる」
 拍子抜けするほどゆっくりとした口調で、竹内は言った。
「はい。これで、犯人の野郎を――」
 再び、竹内が手をあげた。
「…………」

「それは地声か?」
「は?」
「それとも、そんなに大声を出さなければならないような事情があるのか?」
「あ……」と、福屋は首をすくめた。「すみません」

 溜息のようなものを吐き出して、竹内が顎をしゃくり上げた。
「確認は、母親がした?」
「はい」言って、また声が大きかったのに気づき、福屋は声をひそめた。「たった今、連絡が入りました。三軒茶屋で保護された男の子は、兼田和則ちゃんに間違いないそうです」

 うむ、と竹内がうなずいた。
 その横で、狩野刑事が「よかった」と小さな声で言った。
 福屋は、つい笑顔になって、2人を見比べた。2人は笑いを返してこなかった。あわてて笑顔をひっこめた。

 そう……本番はこれからなのだ。
 あと、3分ほどで電車が到着する。本番はそれからなのだ。

「ひとつ、君に訊いておきたい」
 竹内に言われて福屋は姿勢を正した。
「はい」
「子供の安否が確認されたとなると、一番重要なのはなんだ?」
 ごくり、と福屋は唾を呑み込んだ。
「犯人逮捕です」
「…………」
 竹内主任が、首を振った。

「は?」
 訊き返し、福屋は主任と狩野刑事を見比べた。
「狩野君、何が一番重要なのか、この張り切りボーイに教えてやってくれ」
 竹内は、手に持っていた新聞で福屋の胸のあたりをつついた。
 狩野刑事が、うなずきながら福屋に目を返した。

「最も重要なのは、クーラーボックスを運んでくる兼田さんと無関係な第三者の安全確保です」
「…………」
 福屋は、再び唾を呑み込んだ。


 
    竹内主任 狩野刑事 兼田さん

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