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 24:11 銀座駅
 福屋浩治
(ふくや こうじ)


     この人たちは……と、福屋は二人を見比べた。

 竹内刑事と言えば、警視庁にその名を知らない人間はいない。竹内主任の話を先輩から何度聞かされたことか。
 狩野刑事の噂も、よく耳にする。女だからといって、女性扱いするようなことをしたら、手痛いしっぺ返しを食らうと聞かされた。
 いわば、警視庁の英雄たちだ。

 もちろん、この二人に比べたら、自分など刑事部に入ったばかりの青二才に違いない。
 しかし、自分は自分なりに経験を積んできた。
 それが、なんだ……。

 安全確保です、だって?

 子供扱いですか。
 だいたい、今は、このホームに犯人が現われようという重要な局面じゃないか。そんなときに、被害者と第三者の安全確保なんてことを、どうして言われなきゃいけない?
 建て前ぐらいは、自分だって心得ている。本部長の言葉にもあった。「くれぐれも第三者に累の及ぶことがないように」と、本部長も言った。
 しかし……。

「福屋さん」
 と、狩野刑事が小声で言った。
「はい」
「あなたは、私と一緒に兼田さんのガードにあたってください」
「ガード……ですか。しかし、それは──」

 竹内主任が小さく手を上げたのを見て、福屋は口を閉ざした。
「…………」
 見ると、主任は不機嫌そうな表情のまま、そっぽを向いていた。

 口答えをするな、ということか。
 大先輩に向かって口答えをするなど、10年早いってわけだ。

 だけど、言いたいことだけは言わせてもらいますよ。今は、先輩後輩なんて、そんなことを言っていられる状況じゃないんだ。
 もう、すぐに電車が到着するんだから。

「あの……」
 言いかけると、またもや主任は首を振った。
 黙れ、と言う意味だろう。
 お前の言うことなど聞く耳持たん、というわけだ。

 体質──というヤツだ。

 古い、日本の警察の体質。
 上下関係。すべてが体育会系のノリなのだ。そんなものを重んじて、そのあげく犯人逮捕の絶好のチャンスを逃してしまったりする。
 建て前と、本音を使い分ける役人根性。

 改革が必要なんだよ。
 こういう旧弊な人間が牛耳っているような縦型構造を、どこかで変えていかなきゃ、日本の警察はダメになる。
 それが、この人たちにはわかっていない。

 突然、狩野刑事が福屋のほうへ歩いてきた。
 なにを思ったのか、顔に笑いを浮かべながら福屋の横へ並びかける。

「…………」

 狩野刑事は、まるで、邪魔だ、と言うように福屋を一歩退かせ、主任の正面に向かい合って立った。二人は見つめ合い、そして主任は「たすかる」と、ひとこと狩野刑事に言った。

 なんの真似なんだ、これは。

 少々、腹に据えかねて、福屋は、もう一度二人の先輩に言った。
「あのう……」
 いきなり、狩野刑事に睨まれた。首を振り、彼女もまた、黙れ、と無言の圧力をかける。
「…………」
 ここまでバカにされる必要があるんだろうか、と福屋は思った。

「どうですか?」
 と狩野刑事が、主任にささやいた。
「わからんね。電話の声は……」
「30代後半から40代前半と推定されています」
「それは合う。ただ、女のほうが合わない」
「自称24歳。アパートの住人の印象では未成年に見えるとのことでした」

 いったい、この茶番劇はなんなのだ?

 この二人は、自分をからかっているのか? 捜査がチームワークなどと、嘘っぱちではないか。
 これは、いじめ以外のなにものでもない。
 若手いじめだ。

 人の口を封じ、無視し、見せつけるように先輩同士でこそこそと小声で話し合う。
 こんなことが、日本の警察では許されているのだ。

 主任と狩野刑事がうなずきあうのを眺めながら、福屋は奥歯を噛みしめた。


 
    竹内刑事 狩野刑事 兼田さん

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