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 24:11 銀座駅
 竹内重良
(たけうち しげよし)


     どうやらこいつには……と、竹内は新米からホームに目を戻しながら思った。

 こいつには、実戦の経験がまるっきりないらしい。地取り捜査をやらせれば真面目にやってくれるかもしれないが、少なくとも、誘拐捜査はおろか人質事件に当たったこともないのだろう。

 集中力はあるかもしれんが、周りに目を向ける訓練がなされていない。

 チラリと目をやると、案の定、新米野郎は表情を堅くこわばらせていた。
 おまけに、感情はすべて顔に出すタイプか……。

 たぶん、頭は良いヤツなのだろう。優秀だと言われ、将来有望の若手ホープとかなんとか持ち上げられてきたのだろう。
 そういうのが、一番、始末に悪いのだ。

 ホーム左手に、若い女性が二人現われた。彼女たちは老夫婦の向こうで足を止めた。二人とも、まだ子供の雰囲気を残している。手前の女の子は流行の茶髪で、向こう側の子も染めているようだが、やや暗めの髪だった。

 問題はなさそうだ……と、小さく息をついたとき、亜希子が新米に話しかけた。
「福屋さん」
 それで、竹内は新米の名前を思い出した。
 そうか、福屋だった。

「はい」と新米福屋が堅い表情のままうなずく。
「あなたは、私と一緒に兼田さんのガードにあたってください」

 亜希子がそう言うのを横に聞きながら、ホームを見渡した竹内の目に、二人の男女の姿がとまった。
「ガード……ですか。しかし、それは──」
 言いかけた福屋の言葉を、竹内は合図して制した。

 迂闊にも、その男女がホームに現われていたのを、竹内は気がついていなかった。いつの間にか、竹内の左にが立っていた。
 その二人の雰囲気が、どこか奇妙だった。

 顔を線路側へ向け、見るともなく二人を観察する。
「あの……」
 福屋が言いかけるのを、竹内は小さく首を振って黙らせた。

 ぼそぼそと交わされている二人の会話は聞こえない。だが、明らかに、二人には緊張している雰囲気がある。その緊張には、ある種の匂いがした。

 そのとき、亜希子がにこやかに笑いながら、竹内の前へ回り込んできた。彼女は福屋を押しのけるようにして、男女と竹内の間の位置へ立ち、こちらへ顔を上げた。

「たすかる」
 と竹内は、小さく亜希子に言った。亜希子は首を振り、その表情から笑いを消した。

 竹内と亜希子が向かい合っているような格好だが、そのおかげで竹内には男女を正面に捉えることができることになる。二人のほうへ身体を向けていても不自然ではないのだ。

「あのう──」
 声をかけてくる福屋を、亜希子が小さく首を振って黙らせた。

 女の顔ははっきりしないが30代前半、男のほうはもう少し上、30代後半と見当をつけた。
 二人とも、何気なく装っている。その何気なさが不自然だった。見方によっては〈来るべき時を待っている〉ようにも見える。

「どうですか?」
 亜希子がささやくように訊いた。
 竹内はゆっくりと首を振る。
「わからんね。電話の声は……」
「30代後半から40代前半と推定されています」
「それは合う。ただ、女のほうが合わない」
「自称24歳。アパートの住人の印象では未成年に見えるとのことでした」
 うむ、と竹内はうなずいた。

 どれだけ割り引いてみても、女の年齢はせいぜい20代の後半だ。18、9の小娘には見えない。
 だが、二人の様子には、消しがたくキナ臭いものが感じられる。
 不意に、周囲の音が低くなり、かすかに男に向かって言う女の言葉が竹内の耳に届いた。

「品物がいいかどうか、それをまず確かめて、それからで──」

 その言葉は、亜希子の耳にも聞こえたようだった。
 ふう、と竹内は小さく息を吐き出した。

 それに合わせるように、亜希子が顔をうなずかせた。


    新米野郎 手前の
女の子
 
向こう側
の子
    亜希子  兼田勝彦   
      

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