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 24:12 銀座駅
 関 洋一
(せき よういち)


     タイミングを計ったように、洋一がホームに降り立つと同時にアナウンスが響いた。

「まもなく電車が参ります。1番線と2番線に電車が参ります。黄色い線の内側に下がってお待ち下さい。1番線は赤坂見附、表参道方面、渋谷行。2番線は、神田、上野方面、浅草行の最終電車です。浅草行は、最終電車です。お乗り間違えのないよう、ご注意下さい。1番線と2番線に電車が参ります」

 浅草行は最終ってことは……と、洋一は思った。渋谷行は最終じゃないってことか。

「こっちじゃなかった。浅草行は向こうですって」
 横にいた老婦人が連れの老人に言う言葉が耳に聞こえた。
 意味もなく、洋一はホームを見渡した。
 老夫婦は、ゆっくりとホームの反対側へ歩いていった。

 沢島香織の話というのが、あんなことだとは思ってもいなかった。いささか、複雑な気持ちになっている。
 ちょっとつき合ってくれないかと、銀座のホテルに呼び出されたときは、別のことを期待してしまった。すごい積極的じゃん、とワクワクしながら、口臭スプレーまで買って準備を整えた。
 なのに、ホテルのティールームにいたのは沢島香織だけではなかった。

 男が二人、一人は専務で一人は課長だと聞かされた。
「ウチで思いっきりやりたいことをやってみる気持ちはありませんか」
 専務というのが、そう言った。
 香織は、二人の脇で、堅い表情をして座っていた。

 製品開発部門に誘われた。
 相手は競合会社だ。

 沢島香織の出入りしている会社というのが、あそこだとは知らなかった。彼女に、ウチの会社についてなにかまずいことを言ってないだろうか……。
 ふと、気になったが、洋一は肩を竦めた。
 残念ながら、まずいことを洩らすほどのつき合いを彼女とはしていない。

 給料は倍近くくれるそうだ。
 そりゃ、魅力的だ。もちろん給料が高いのはいいことだ。
 でも、製品開発に洋一を引っ張る意図は、もちろん今ウチで進めているプロジェクトのノウハウを彼らがほしがっているからだ。

 驚いたことに、彼らは洋一の社内での立場を知っていた。部内の主流派と対立関係にあることや、それがもとでプロジェクトの先行きが見えなくなっていることも、ちゃんと知っていた。
 だから、それをウチで進めないかと、彼らは声をかけてきたわけだ。

 トンネルの向こうから電車の近づく騒音と振動が伝わってくる。

 プロジェクトは進めたい。
 でも、いくら今のところでやりにくくなっているとは言え、それを競合会社に持っていっていいものだろうか?
 会社にやる気がないんだからいいような気もするし、やはりそれはルール違反のような気もする。少なくとも、プロジェクトが中止を言い渡されたというわけではないのだ。

 電車が銀色の車体を見せた。
 洋一の前を車両が流れていく。次第にスピードを落とし、そしてゆっくりと停車した。

 開いたドアから、洋一は電車に乗り込んだ。
 さほど混んではいない。膝の上にキーボードを置いた男の前を通って、その向こう側へ腰を下ろした。パソコンのキーボードではなく、音楽の鍵盤だ。いろんなヤツがいる。

 まいったなあ……。
 洋一は、シートの上で背中を伸ばしながら口の中でつぶやいた。


    老婦人   老人  膝の上に
キーボードを
置いた男

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