![]() | 24:13 銀座駅 |
関根は、電車に乗り込むと、シートへ向かう様子もなく通路の上で真弓を振り返った。空いているシートがないわけではない。むしろ、車内はガラガラに空いていた。 真弓は、関根のやや斜め前に立った。 関根は、脇のパイプをつかみ、 また値踏みするような視線を真弓に向けてくる。 背中の下から這い上がってくる恐怖に、真弓は必死で堪えた。 ビクビクしているところを見せたら、それで取引は中止になってしまうかもしれない。そんなことはできなかった。前坂のところには、もうほとんど在庫が残っていない。そのことは、真弓にもよくわかっている。 関根は、無遠慮な視線を真弓に向け続けていた。 男から、こんなにジロジロと眺められた経験など、いままで1度もなかった。しかし、今は堪えるより仕方がない。 「メンバーの人たちって、何人ぐらいいるんですか」 突然、関根が訊いた。 思わず、真弓は息を吸い込んだ。 まだ信用されてはいない。ここで適当な答えを返したら、すべてが台無しになってしまうだろう。 「私を含めて6人です」 そう答えると、関根は、そのまま目をホームのほうへ向けた。 そして、ふん、と言うように小さくうなずいた。 不安で仕方なかった。これから、自分がどこへ案内されるのかもわからない。下手なことをすれば、そこで関根は行き先を変えてしまうかもしれないのだ。 思い切って、真弓は関根に訊ねた。 「行き先を……」言うと、関根が視線を返してくる。「行き先を教えていただいてもいいですか」 「…………」 関根は、口を閉ざしたまま、真弓を見つめた。 真弓の様子を窺っている。 つまり、取引場所をこの時点で告げていいものかどうか、迷っているのだろう。却って警戒させてしまったのかもしれない。 つっ、と関根は視線をそらせ、ゆっくり息を吸い込むように眼を細めた。 不安から訊ねてしまったが、もう、質問を取り消すわけにもいかなかった。関根の答えを待つしか仕方はない。 心臓は、相変わらず早鐘のように打っていた。 それを関根に悟られるのが、さらに怖い。必死で、自分を押さえつけた。 関根が真弓を見返した。その眼光に、つい、真弓は視線をそらせる。 まるで、真弓が目をそらせるのを待っていたかのように、関根は口を開いた。 「普通のシティホテルなんだが、かまいませんか」 関根が言ったのは、ただそれだけだった。 ホテルの名前までは、まだ教えられないということだろう。 真弓は、コクリと小さく唾を呑み込み、うなずいた。 考えてみれば、当たり前のことだ。 もし、真弓が警察の人間だったとしたら、品物の置いてある場所を教えた時点で捜査員が先回りをする可能性だってあるのだ。真弓が隠しマイクでも身につけていて、会話が筒抜けになっているようなことを警戒しているなら、この時点で行き先を教えてくれるわけがない。 結局、さらに関根の警戒を強めてしまったようだった。 それとなく見ると、関根は、考え込んだような表情で、首の後ろを撫でている。 やっぱり、こんな〈お使い〉は、私には無理だ、と真弓は思った。 「薫さんは、僕が知っている人によく似ているんですよ」 いきなり言われて、真弓は、え? と関根を見返した。 「いや、1度会っただけの人を、知ってる人というのもおかしいかもしれないけど、美人で、ずっと面影が残ってるんです。その人に、よく似てると思ったから、ちょっと不思議な気持ちがした」 「…………」 関根の言っていることの意味がはかりかねた。 これも、なにかのテストなのだろうか? 誰かに似ている……1度会っただけの人? なにを、どう答えればいいのだろう。 「その人って……やっぱり私と同じように?」 関根が大きく首を振った。 「違いますよ。素人です」 わからなかった。なにを言われているのか、まったくわからない。 「どうして、そんな──」 言いかけた途端、ホームで破裂音が聞こえた。そして、つんざくような女性の悲鳴が上がった。 びっくりしてホームに目をやり、真弓は、そのまま凍りついた。 「…………」 炎の柱が、ホームの真ん中に立っていた。 その火柱は、体格のいい男性だった。男性の身体が燃えている。 大きな声を上げながら、男は炎を振り払おうと走り回っていた。 「なんだ、あれは……?」 言いながら、関根が真弓に目を向けてきた。 真弓は、なにも言うことができなかった。ただ、驚きのあまりに手で口を押さえているだけだった。 関根の言葉には、あきらかに疑いの響きが含まれていた。 なにかの罠だと、感じたのかもしれない。 しかし、わけがわからないのは真弓にしても同様だった。 いきなり、真弓は関根に腕をつかまれた。 「どういうことだ」 真弓は、必死で首を振った。 「違います。私もわかりません。私とは関係ありません」 関根につかまれている腕が痛かった。 もう、逃げ出したくてたまらなかった。 「違う? なにが違うんだ? 関係ないって、どういうことだ?」 真弓は首を振った。 なにが起こっているのか、まるでわからない。しかし、とにかく、この関根から逃げ出したかった。 恐怖が極限に達していた。 前坂を恨んだ。 こんなこと、私にはできない。最初から無理に決まっていたのだ。 危険はないと、繰り返し前坂は言った。 じゃあ、どうしてこんなことになったの? これが危険じゃないと、なんであなたに言えるの? 不意に、関根の手が緩み、つかんでいた真弓の腕を放した。 真弓は、もうなにも考えず、そのまま電車のドアから飛び出した。 その瞬間──真弓は、目がくらむような強烈な光に取り囲まれた。 叫んだ声が、叫びにならなかった。凄まじい熱風が襲いかかり、そのまま真弓は、吹き飛ばされながら蒸発していた。 すべてが消え去った──。 |
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