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ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』Yahoo!ニュース 本屋大賞2019 ノンフィクション本大賞受賞

大人の凝り固まった常識を、
子どもは子どもなりのやり方で
軽く飛び越えていく。

優等生の「ぼく」が通う元・底辺中学は、毎日が事件の連続。人種差別丸出しの美少年、ジェンダーに悩むサッカー小僧。時には貧富の差でギスギスしたり、アイデンティティに悩んだり。世界の縮図のような日常を、思春期真っ只中の息子とパンクな母ちゃんの著者は、ともに考え悩み乗り越えていく。落涙必至の等身大ノンフィクション。 優等生の「ぼく」が通い始めたのは、人種も貧富もごちゃまぜのイカした「元・底辺中学校」だった。ただでさえ思春期ってやつなのに、毎日が事件の連続だ。人種差別丸出しの美少年、ジェンダーに悩むサッカー小僧。時には貧富の差でギスギスしたり、アイデンティティに悩んだり……。何が正しいのか。正しければ何でもいいのか。生きていくうえで本当に大切なことは何か。世界の縮図のような日常を、思春期真っ只中の息子と パンクな母ちゃんの著者は、ともに考え悩み乗り越えていく。連載中から熱狂的な感想が飛び交った、私的で普遍的な「親子の成長物語」。 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
ブレイディみかこ/著

[中川李枝子/子どもの感覚に、母ちゃんと共に脱帽。先生方にも、ぜひ読んで欲しい。][西加奈子/隣に座って、肩を叩いて、「一緒に考えない?」そう言ってくれました。絶対に忘れたくない、大切な友達みたいな本です。][高橋源一郎/思わず考えこむ。あるいは、胸をうたれる。そして、最後に、自分たちの子どもや社会について考えざるをえなくなる。][三浦しをん/これは「異国に暮らすひとたちの話」ではなく、「私たち一人一人の話」だ。]

著者・ブレイディみかこさんからの言葉

 みなさんお忙しい中、わざわざ私のような不届き者の酒飲みババアの駄文について時間を割いて書いてくださっていて、いやちょっと泣きそうになっています(←けっして酔っているからではない)。
 ふつう、本を書いたときには「よっしゃー!」とか「うーん……」とか正直いろいろ感慨はあるんですけど、この本に関してはあまりに自分に近いところにある物事を書いているので、よくわからないというか、いったいこんなものを人様が読んでおもしろいんだろうか。という気持ちしかなかったので、励みになります。
 書店員のみなさま、本当にありがとうございます。サンクス・ア・ミリオンどころか、サンクス・ア・ビリオンです。

 THE BRADY BLOG:書店員さんたちに深く感謝する夜 より

目次  試し読み】

  1. はじめに 
  2. 元底辺中学校への道 
  3. 「glee/グリー」みたいな新学期
  4. バッドでラップなクリスマス
  5. スクール・ポリティクス
  6. 誰かの靴を履いてみること 
  7. プールサイドのあちら側とこちら側 
  8. ユニフォーム・ブギ
  9. クールなのかジャパン 
  1. 地雷だらけの多様性ワールド
  2. 母ちゃんの国にて
  3. 未来は君らの手の中
  4. フォスター・チルドレンズ・ストーリー
  5. いじめと皆勤賞のはざま
  6. アイデンティティ熱のゆくえ
  7. 存在の耐えられない格差
  8. ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとグリーン
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はじめに

 隣の部屋から、やけに軽快なギター・リフが聞こえてくる。もうすぐ「ザ・ファンク・ソウル・ディスコ」というコンサートに出演する息子が、本番に向けてギターの練習をしているのだ。
 ファンキーなタイトルだが、それはプロのコンサートではない。中学校の講堂で行われる音楽部の発表会だ。演奏するのは11歳から16歳までの中学生たちで、息子は下級生グループの中にいる。だから、コンサートでもその他大勢的なパートを与えられているだけなのだが、まじめな性格なので日曜の朝から練習に没頭している。
「おめえ、ちょっとアンプの音量を落としてくれねえか。テレビが聞こえねえぞ!」
 と階下から叫んでいるのはわたしの配偶者だ。夜間シフトでダンプを運転して帰ってきたばかりなので気が立っているのだろう。23年前にわたしが知り合った頃は、ロンドンの金融街シティというところにある銀行に勤務していたのだが、数年後にリストラされ、また同じような仕事に就くのかなと思ったら、
「子どもの頃にやりたいと思っていた仕事だから」
 と言って大型ダンプの運転手になった。わりと思いきったことをする人である。
 わたしはこの配偶者と一緒に英国の南端にあるブライトンという街にもう20年以上前から暮らしている。そして息子が誕生してからは3人暮らしになった。
 息子が生まれるとわたしは変わった。それまでは「子どもなんて大嫌い。あいつらは未熟で思いやりのないケダモノである」とか言っていたくせに、世の中に子どもほど面白いものはないと思うようになって保育士にまでなったのだから、人生のパラダイムシフトと言ってもいいかもしれない。
 とはいえ、保育士になったおかげで、わたしは自分の息子とは疎遠になった。
 彼が1歳になるとすぐに、わたしは(「底辺託児所」と自分で勝手に呼んでいた)保育施設で見習いとして働き始めたからだ。職場には息子も一緒に連れて行っていいことになっていたが、保育士の資格を取るために実習を行っているのだから、自分の子どもと遊んでもしょうがない。そのため、託児所で彼はほとんどわたしから引き離されていた。
 こんなことをすると「なんでうちの母ちゃんはよその子とばかり遊んでいるのか」という嫉妬心で子どもがひねくれ、素行が荒れるので、保育士は職場に自分の子どもを連れて行くべきではないという人も多い。
 だが、うちの息子はすくすくと育った。託児所の創設者であり、地元では伝説の幼児教育者だった師匠アニーが、わたしが心おきなく実習できるよう、ほとんど専属保育士のように息子の面倒をみてくれたからだ。
 幼児時代の息子は、わたしではなくアニーに育てられたと言ってもいい。わたしの子どもにしてはバランスの取れた性格になったのはそのおかげだと思う。いまでも、いったい誰に似たのかと驚くほど沈着冷静なことを彼が言うときには、彼の中から師匠が喋っているような気になることがある。
 そんな風にして底辺託児所で幼児期を過ごした息子は、地元の公営住宅地の中にある小学校ではなく、カトリックの小学校に進学した。
 そこは市のランキングで常にトップを走っている名門校だった。公立だったが裕福な家庭の子どもが多く通っていて、1学年に1クラスしかない少人数の教育を行っていた。森の中に建てられたこぢんまりとした煉瓦の校舎に机を並べ、7年間を同じクラスで過ごす子どもたちは卒業する頃には兄弟姉妹のように仲良くなっていた。
 ふわふわしたバブルに包まれたような平和な小学校に、息子は楽しそうに通っていた。たくさん友達もでき、先生たちにもかわいがられて、最終学年になったときは生徒会長も務めた。すべてが順調で、うまく行きすぎて、正直、面白くないぐらいだった。
 わたしには、彼の成長に関わっているという気があまりしなかった。幼児のときは師匠アニーが育ててくれたし、その後は、牧歌的な小学校が育ててくれた。わたしの出る幕はなかったのである。
 ところが。
 息子が中学校に入るとそれが一変することになった。
 彼はカトリックの中学校に進学せず、「元底辺中学校」に入学したからである。
 そこはもはや、緑に囲まれたピーター・ラビットが出てきそうな上品なミドルクラスの学校ではなく、殺伐とした英国社会を反映するリアルな学校だった。いじめもレイシズムも喧嘩もあるし、眉毛のないコワモテのお兄ちゃんやケバい化粧で場末のママみたいになったお姉ちゃんたちもいる。
 これは11歳の子どもにとっては大きな変化だ。大丈夫なのだろうかと心配になった。
 ようやくわたしの出る幕がきたのだと思った。
 とはいえ、まるで社会の分断を転写したような事件について聞かされるたび、差別や格差で複雑化したトリッキーな友人関係について相談されるたび、わたしは彼の悩みについて何の答えも持っていないことに気づかされるのだった。
 しかし、ぐずぐず困惑しているわたしとは違って、子どもというものは意外とたくましいもので、迷ったり、悩んだりしながら、こちらが考え込んでいる間にさっさと先に進んでいたりする。いや、進んではいないのかもしれない。またそのうち同じところに帰ってきてさらに深く悩むことになるのかもしれない。それでも、子どもたちは、とりあえずいまはこういうことにしておこう、と果敢に前を向いてどんどん新しい何かに遭遇するのだ。
「老人はすべてを信じる。中年はすべてを疑う。若者はすべてを知っている」と言ったのはオスカー・ワイルドだが、これに付け加えるなら、「子どもはすべてにぶち当たる」になるだろうか。どこから手をつけていいのか途方にくれるような困難で複雑な時代に、そんな社会を色濃く反映しているスクール・ライフに無防備にぶち当たっていく蛮勇(本人たちはたいしたこととも思ってないだろうが)は、くたびれた大人にこそ大きな勇気をくれる。
 きっと息子の人生にわたしの出番がやってきたのではなく、わたしの人生に息子の出番がやってきたのだろう。

 この本はそんな息子や友人たちの中学校生活の最初の1年半を書いたものです。
 正直、中学生の日常を書き綴ることが、こんなに面白くなるとは考えたこともなかった。

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1 元底辺中学校への道[→]

この本をできるだけ多くの人たちに読んでほしいと思っています。
応援していただけると嬉しいです。
(編集H&新潮社「チーム・ブレイディ」一同)

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著者プロフィール

ブレイディみかこ

ブレイディみかこブレイディ・ミカコ

保育士・ライター・コラムニスト。1965年福岡市生まれ。県立修猷館高校卒。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年に新潮ドキュメント賞を受賞し、大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞候補となった『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)をはじめ、著書多数。

著者プロフィール

ブレイディみかこブレイディ・ミカコ

保育士・ライター・コラムニスト。1965年福岡市生まれ。県立修猷館高校卒。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年に新潮ドキュメント賞を受賞し、大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞候補となった『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)をはじめ、著書多数。

ブレイディみかこ
単著
『花の命はノー・フューチャー』(碧天舎、2005年7月刊/増補してちくま文庫へ、2017年6月刊)
『アナキズム・イン・ザ・UK』(Pヴァイン、2013年10月刊)
『ザ・レフト──UK左翼セレブ列伝』(Pヴァイン、2014年12月刊)
『ヨーロッパ・コーリング──地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店、2016年6月刊)
『THIS IS JAPAN――英国保育士が見た日本』(太田出版、2016年8月刊)
『子どもたちの階級闘争──ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房、2017年4月刊)
『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン、2017年4月刊)
『労働者階級の反乱──地べたから見た英国EU離脱』(光文社新書、2017年10月刊)
『ブレグジット狂騒曲──英国在住保育士が見た「EU離脱」』(弦書房、2018年6月刊)
『女たちのテロル』(岩波書店、2019年5月刊)
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社、2019年6月刊)
共著
『保育園を呼ぶ声が聞こえる』(國分功一郎氏、猪熊弘子氏との共著/太田出版、2017年6月刊)
『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』(松尾匡氏、北田暁大氏との共著、亜紀書房、2018年4月刊)
『人口減少社会の未来学』(内田樹氏によるアンソロジーに寄稿、文藝春秋、2018年4月刊)
『平成遺産』(武田砂鉄氏によるアンソロジーに寄稿、淡交社、2019年2月刊)
『街場の平成論』(内田樹氏によるアンソロジーに寄稿、晶文社、2019年3月刊)
書店員さんからの熱いメッセージ
  • 私たちは今をどう生きるかの着眼点に気付くことができる。(三省堂書店東京駅一番街店・岩本愛美さん)
  • こんな読み心地はじめて。
    イケイケでガンガン押していったり、胸にじーんときたり、
    心の準備は不可能、心の波が忙しい。(ジュンク堂書店滋賀草津店・山中真理さん)
  • 頭を殴られた気持ちでした。
    私は、何もわかっていなかったことを思いしらされました。(精文館書店豊明店・近藤綾子さん)
  • 「他人の靴を履いてみる」人が、
    ひとりでも増えますように。
    この本が、これからの時代の
    バイブルになることを強く願う。(紀伊國屋書店広島店・池田匡隆さん)

本作品の全部または一部を、無断で複製(コピー)、転載、改ざん、公衆送信(ホームページなどに掲載することを含む)することを禁じます。
なお、この試し読みは校了前のデータで作成しています。ご了承ください。