あえて、爪噛み女の正面に座ることにした。 それとなく沖崎が目をやると、女のほうもチラリとこちらへ視線を寄越 した。 腕の時計を確かめる。11時57分。定刻の発車だ。予定通りなら、銀 座到着は12時13分になる。あと約16分。すでに、別班は銀座を固め ているはずだ。 沖崎は、深く息を吸い込んで車内後方へ目をやった。 乗客数は、沖崎を含んで8人。この時点で犯人が同乗しているかどうか は確定できないが、現在のところ注意すべきなのは、この正面の女と、あ の勤め人風の二人組だ。最後に乗り込んできた母子は、事件にはまず無関 係と考えて間違いあるまい。 沖崎は、こういう〈燃えている犯罪〉にあたるのが好きだった。 燃えている犯罪とは、現在進行中の事件をさしていう。すでに行なわれ た犯罪の痕跡を追って捜査を進めるのではなく、いま現実に進行している 犯罪の捜査にあたるのが好きなのだ。 ほんの小さな失敗も許されない。神経は、常に尖らせておかなければな らない。眼を開き、耳をすまし、悪党の匂いをかぐ。 むろん、仮にも好きだなどと口に出して言うことはできない。犯罪は、 行なわれなければ、それにこしたことはない。 だが、現実に犯罪は起こる。その悪党どもの所業を、首根っこ押さえて 食い止めるのだ。その瞬間の興奮――。 何にも代え難い。 ふと、正面に目をやった。 沖崎を見つめていた女が、慌てたように視線を中吊り広告のほうへそら せた。 「…………」 なんだろう、この女。やはり、どこか妙だ。 だが、この女が一枚噛んでいるのだとすれば、もっと兼田勝彦を気にし ていてよさそうなものだ。ところが、女の興味は兼田よりも俺のほうに向 けられているような気がする。 なんだろう?
つられたように、沖崎も女が見ている吊り広告に目をやった。雑誌の広 |
![]() | 爪噛み女 | ![]() | 兼田勝彦 |