23:56 浅草駅 沖崎 勲


              耳に差し込んでいたイヤホンを外し、沖崎はそれをポケットへ押し込ん
だ。
 地下ではまともに電波がとらえられない。雑音ばかりで頭が痛くなる。
 
 ベンチに深く腰を下ろしたまま、沖崎は目の前の銀座線を見つめた。
 23時57分発渋谷行。その最後尾車両。現在のところ、乗客は5人。
男が4人、女が1人だった。
 むろん、問題なのは、あのご機嫌な二人連れの酔っぱらいと、さきほど
から爪を噛み続けている女だ。
 
 がまた座席から振り返り、沖崎のほうへ視線を送ってきた。
 水商売風だが、さほどスレた感じでもない。幼い顔をしていた。十八か、
十九か――二十歳にはなっていないだろう。
 爪を噛んだり、髪をいじくったり、車内を見回したり、およそ落ち着き
がない。その落ち着きのなさが気に掛かった。
 
 酔っぱらいたちのほうは、ずっと笑い続けている。演技にしては自然す
ぎるが、むろん油断はできない。
 沖崎のいる位置からでは、背中を向けて座っている男たちの表情までは
はっきりと見ることはできないが、電車の外まで聞こえてくる笑い声と肩
から上の動きで、だいたいの雰囲気はわかる。
 二人とも、ごく普通のサラリーマンに見える。ネクタイを鉢巻きにして
いる野郎
のほうが、もう一人よりも年上のようだ。なんとなく先輩風を吹
かしているような感じがする。
 
 もっとも、いくら電車を指定したとはいえ、悪党どもがこの同じ電車に
乗り合わせているとは限らない。向こうに着くまで、いっさい現れないと
いう可能性も大きい。爪噛み女にせよ、酔っ払いたちにせよ、おそらくは
無関係な第三者だろう。
 ただ、そうは思っても、気を抜くことだけは許されなかった。
 
 階段を駆け下りてくる足音を聞いて、沖崎は自分の右手に目をやった。
男の子の手をむりやり引っ張るようにして、若い母親がホーム後方の階段
を駆け下りてくるのが見えた。
 
「渋谷行の電車、まもなく発車いたします。ご乗車になりましてお待ちく
ださい」
 
 母子が階段を下りきると同時に、ホームにアナウンスが流れた。
 男の子は小学校に上がるか上がらないかといったところ、母親はまだ二
十代の前半に違いない。
 
 母子が最後尾のドアから電車に乗り込むのを見て、沖崎はベンチから腰
を上げた。
 その拍子に、爪噛み女がまたウインドウ越しに沖崎のほうを見た。沖崎
がそちらに目を向けると、女は慌てたように顔を背けた。
 なにか気にかかる女だ。
 
 沖崎は、女が座っている脇のドアから電車に乗り込んだ。
 
「1番線、渋谷行発車です。ドア、閉まります」
 
 アナウンスと同時に、沖崎の後ろでドアが閉じた。

 
    振り返っ
た女
鉢巻き男 もう一人
の男
男の子   母親