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爪噛み女が、シートの上から身を乗り出すようにして、沖崎になにか言
った。
え? と、沖崎は眉を寄せながら女を見つめた。
女は、さらに身体を沖崎のほうへ乗り出しながら言う。
「……た人でしょ?」
電車の走行音にかき消されて、なにを言っているのか聞き取れない。
沖崎は、顔をしかめながら首を振った。
ちょうどそのとき、電車が田原町駅に滑り込んだ。
何を思ったのか、女はシートから立ち上がり、膝に載せたリュックを手
に沖崎の隣に席を移ってきた。
「…………」
沖崎は、驚いて隣に座った女を見返した。
女が、ニッコリ笑って、またうなずいた。
電車が停止してドアが開くと、車両中央の乗降口から男と女が乗車して
きた。二人は、どうやら連れであるらしく、車内を見渡すと、つい先ほど
まで爪噛み女が座っていた席まで歩いてきて、並んで腰を下ろした。
「トシ君のところに来てた警察の人だよね?」
いきなり、爪噛み女に言われて、沖崎はギョッとして彼女に目をやった。
「そうでしょ? やっぱりそうだよ。警察の人だよね」
沖崎は、思わず車内を見渡した。
兼田勝彦と、目があった。兼田は、怪訝な顔つきで沖崎の隣に座った女
を見ている。
前を向いていろ、と言うように、沖崎は小さく顎をしゃくり上げた。
兼田が正面に視線を返したとき、チャイムの音とともにドアが閉まった。
なんだ、この女――?
幸いなことに、兼田以外に女の言葉を聞きとがめた者はいないようだっ
た。
もし、犯人の耳に女の言葉が聞こえたら、大変なことになる。
いったい、誰だ、この女は? トシ君だと?
電車が走りはじめた。
「誰だったけかなあって、ずっと考えてたの」
女が言い、沖崎は首を傾げた。
「人違いをされてるんじゃないですか?」
「人違い? まさかあ。だって、ぜったいそうだよ。トシ君とこに来てた
人じゃない。3べんぐらい見たもん。トシ君に訊いたら、刑事さんだって」
その言葉に、沖崎はまたギョッとして車内に目を走らせた。
こいつを黙らせなければ……。
「トシ君って、誰?」
女が、眼を瞬いた。
「やだ、覚えてないの? 神坂敏夫」
神坂――。
あ、と気づいて、沖崎は女を凝視した。
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