23:57 田原町駅
 榎本ひとみ
(えのもと ひとみ)


     あれ?
 
 と、榎本ひとみは周囲を見回した。
 いつの間に、あたし……。
 
 どうやら、無意識のうちに地下鉄へ降りてきたらしい。階段を下りたことも、自動改札を通ったことも、まるで意識になかった。
 ちょっと、飲み過ぎたかなあ。
 
 ひとみは、軽く頭を振ってみた。
 しかし、酔っているという自覚はどこにもなかった。
 ワイン2杯と、水割り2杯。たしかに、適量は超えている。
 だが、酔いなど、まるで消えてしまっていた。ただ、いつの間にか地下鉄に降りてきている自分に気がついただけ……。
 
 再び、ひとみはホームを見渡した。
 田原町。間違いない。自分の乗る駅だけは、ちゃんと覚えていたようだ。
 何時だろう?
 左手に目をやって、腕時計がなくなっていることに気づいた。
 
 いやだ、どうしたんだろ?
 構内の時計に目をやる。11時57分。
 ええと、最終は、まだだったはずだわ。
 
 ホームの向こうに、3人の乗客が見えた。ひとみは、その3人のほうへ足を向けた。ほんの少し、足下がふらついた。
 やだ、やっぱり、あたし酔ってる。
 
「すみません」
 と、ひとみは、手前の女性に声をかけた。
「終電、まだですか?」
 
 しかし、女は、ひとみのほうを振り向こうともしなかった。彼女はと言い争いをしているようだった。
 その二人の向こうにいる男に、ひとみは目を向けた。
「…………」
 男が、ひょい、とひとみに頭を下げた。
 どこかで会ったことがある男のように、ふと、感じた。

 
   手前の 
女性
 男   向こうに
いる男