狩野亜希子が、向こうを見ろというように眼で合図を寄越した。
そちらを見ると、釣りに出掛けるような服装の若者が所在なさそうにホ
ームをぶらついていた。
「あれは?」
訊くと、亜希子はホームの向こうに目をやりながら小さく答えた。
「さっきから、ホームを行ったり来たり」
「ふうむ……」
竹内は、若者をそれとなく観察しながら、柱の脇へ歩いた。新聞を取り
出して拡げ、そこへ眼を落とした。そのままの格好で、亜希子に言った。
「推定される年齢は、30代後半から40代前半ということだ。少し、若
くないか?」
「服装、見ました?」
「チェックのハンチング。茶のジャンパー。グレーのズボン。編み上げの
登山靴。アーミーグリーンの細い布のケース」
「あの格好、クーラーバッグが似合うと思いません?」
「…………」
竹内は、読んでもいない新聞から目を上げた。
もう一度、若者に目をやる。
「年齢は、電話の声からの推定でしょう? 年寄りじみた声の若者もいま
す」
「うむ」
なるほど、亜希子の言う通りだった。
犯人は、兼田勝彦にカネをクーラーバッグに入れて持って来いと指示を
出した。
釣りへ出掛ける服装に、クーラーバッグ。
それ以上の取り合わせはない。
よし、と小さくうなずき、竹内は亜希子に訊いた。
「売店の鍵が、どこに保管されているか知っているか?」
「売店?」
「まず、可能性はないと思うが、売店に何か仕掛けていないという保証は
ない」
竹内は、またハンチングの若者のほうへ目をやった。若者は、腕の時計
と構内の電気時計を見比べていた。
「鍵は、それこそ売店の売り子さんが持っているんじゃないですか?」
「わからん。駅にも、合い鍵が保管されているんじゃないか?」
「あったとしても、開けるのは危険じゃないですか?」
「いや、危険があるかどうかは、見てみないと……」
「そうじゃなくて、警戒される可能性」
実際、その通りだ。
竹内は、小さくうなずいた。
爆発物の可能性は、極めて低い。しかし、このホームにすでに犯人がい
る可能性は、それに比べて非常に高いのだ。犯人を警戒させてしまうこと
だけは、避けなければならなかった。
竹内は、新聞を上着のポケットに突っ込み、柱から離れてゆっくりとハ
ンチングの若者のほうへ移動した。
若者に2メートルほどまで接近し、そこへしゃがみ込んで靴の紐を締め
直した。紐を結びながら、若者を観察する。
彼の荷物は、細い布製のケースしかない。そのケースを肩に掛けている。
中には棒状のものが入っているようだった。常識的に考えれば、中身は釣
り竿だ。
しかし、釣った魚を、この若者はどうやって持ち帰ろうというのか?
釣りに出掛けるには、あまりに荷物が少なすぎる。
竹内は、ゆっくりと立ち上がった。時計を見る。もうあまり時間がない。
そのとき、若者の向こうで、若い女性がハンドバッグを振り上げるのが
見えた。
「なにすんのよ!」
女性は、横に立っている男の腕を、ハンドバッグで殴りつけた。
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