![]() | 24:00 上野駅 |
誰もが事情を持っている。 と、石垣は前方の夫婦を眺めながら思った。
夫も、妻も、線路の向こうの壁に目を向けている。並んで電車を待っている。 妙子には、どんな事情があったのか。
想像がつかなかった。 いつのまにか、石垣は、この3年間ずっと巡らせ続けてきた考えを、また繰り返しはじめていた。自分でも、堂々巡りになるとわかっている結論のない虚しい思考。
妙子の失踪は、彼女自身の意志だったのだろうか? はっきりとした結婚の約束こそしなかったが、二人ともそのことはずっと頭にあったはずだ。石垣だけが一方的に思い込んでいたのではない。なぜなら、彼女は言った。 「ネコが飼えるような家に住みたいな。あなたも、ネコ、好きでしょ?」
どちらかっていうと僕はイヌだな、と石垣は答えた。
結婚の気持ちがあったからこそ、妙子はそう言ったのではなかったのか?
それに……と、石垣は思った。妙子は、失踪の二日前に新しいイーゼルを買っている。その買い物には、石垣もつきあった。木製のがっしりしたイーゼルで、かなりの重さがあった。その重いイーゼルを彼女のアパートに運んだのは石垣自身だ。 「一番線、まもなく、渋谷行、参ります。一番線に参ります電車、渋谷行でございます」
アナウンスが流れて、石垣は階段から腰を上げた。
「あ、すみません」
もし、妙子が、自分の意志によって姿を消したのなら、なぜ、買ったばかりのイーゼルをアパートに残して行ったのか。
それが、彼女の意志なのか? 近づいてくる電車の音を遠くに聞きながら、石垣は、ギュッと眼を閉じた。
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