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 24:06 赤坂見附駅
 真鍋朱美
(まなべ あけみ)


     再び、電車の中を窺う。

 まさか、先回りして……。
 その可能性は充分にあると、朱美は思った。
 改札を抜けたときも、背中にはっきりと視線を感じていたのだ。あいつは、ずっと後をつけてきていた。

 あの男のことだ、朱美がこの電車の先頭車両に乗ることも知っているかもしれない。赤坂見附から乗るときは、いつも一番前の車両に乗っているし、それは調査済みというわけだ。
 だから、ホームに入って、あいつはすぐに最後尾から電車に乗り込んだ。そのまま車内を歩き、朱美を追い越して先に先頭車両へ入る。

 そういうことかもしれない。

 しかし、朱美は〈あいつ〉の顔を知らなかった。
 あいつはいつもコンビニの脇から朱美の部屋の窓を見上げている。でも、あの一角は暗い。いくら目を凝らして見ても、あいつの顔は見分けられない。

「…………」

 電車の中が妙だった。嫌悪感を抱かせるようなジャンパー姿の男が車内を歩いて斜め前の床にしゃがみ込んだ。その床にはスーツ姿の二人の男がへたり込んでいた。
 泥酔状態の片方を、もう片方が床の上で抱え上げている。
 なんだか雰囲気が怖かった。

「3番線停車中の電車、浅草行、本日の最終電車でございます」

 駅のアナウンスに、朱美はギクッとして顔をホームへ返した。
 ホームの向こうから、若い数人の男女が口々に何か叫びながらこちらへ向かって走ってくるのが見えた。
 朱美は、なんとなく身体をすくめた。

「はい、浅草行最終電車、ドア閉めますからご注意下さい」

 急き立てるように、アナウンスが言う。
 走ってきた男女が、朱美の後ろを通り、前のドアへ飛び込んでいった。

 はっとして、朱美はドアの内側を振り返った。
 先ほどの酔っぱらいを両側から抱えるようにして、ジャンパーの男とスーツの男がホームに降りてきた。
「…………」
 朱美は、思わず身体を引いた。

 男たちが降りるのと入れ替わるようにして、朱美は電車に飛び乗った。
 なんとなく、その場を動くことができず、ドア脇の手すりにつかまったままホームの男たちを見返す。

 スーツの男が、ホームを向こうへ駆けていった。
 泥酔した男を両腕に抱えて、ジャンパーの男がホームにしゃがみ込んでいる。

「浅草行最終電車です。お乗りくださあい」

 そのアナウンスにつられたようにして、ジャンパーが朱美のほうへ目を上げた。
「…………」
 慌てて朱美は男から目をそらせた。

 車内は空いている。
 座ろう……と思うのだが、振り返るのが怖かった。
 振り返ったとき、自分を見つめているあいつの眼があったら――。

「あー、浅草行、ドア閉めますからご注意下さい」

 遅れてきた乗客がいるのだろう、アナウンスがしきりに乗車を呼びかけている。
 ドアはなかなか閉まらなかった。

 首筋に息を吹きかけられたような悪寒を覚えて、朱美は自分の後ろを振り返った。


    嫌悪感を抱かせるよう
なジャンパー姿の男
泥酔状態の片方
    もう片方

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