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 24:07 神田-三越前
 櫛部大樹
(くしべ ひろき)


    「ヘラヘラ笑ってなんかねえよ」
 と、ヘラヘラ笑いながら門田が答えた。

 へ、と涌島が顎を振り上げる。
「笑ってるだろ。どうやっても、その顔が泣いてるようには見えない。平気なのかよ、おまえ」
 大樹も、涌島と一緒になって門田を見つめた。
 ほんと、平気なのかよ。

「あの子は、どっちかって言うと、オレより大樹向きだよ。うん」
 そう言ったが、門田は大樹のほうへは目を向けなかった。
 こいつ、強がっているだけなんじゃないか?

「ようするに、惚れてたってことじゃないのか」
 涌島が言い、門田が笑った。
「惚れてた――すげえ、古風な言葉」

 じゃあ、門田が怒り狂うことを望んでいるのか? と、大樹は自分の胸に問いかけた。
 ぶん殴られて、みどりとつき合うなと言われたら、お前はいったいどうするつもりなんだ?

「だって、べつにオレ、彼女とか、そういうんじゃないもの。もともとが」
 言い訳するように門田が言った。
 ふん、と涌島が鼻を鳴らす。
「うそつけ。付き合ってるって言ってたじゃないか」
「付き合ってたよ。付き合ってたけど、彼女ってわけじゃない」
「なんだ、それ」
「そういうの、ないかよ。彼女とか何とかじゃなくて、軽く付き合うって」
「だって、お前、その……」と、涌島は、遠慮するように大樹のほうに視線をよこした。「だから、その、さ。お前、いくとこまでは、いったわけだろうが」

 とたんに門田が吹き出した。
「涌島、お前、明治生まれなんじゃないの?」
「……なんだよ」
「いくとこ、ね。まあ、つまり、大樹とオレは、兄弟ってわけだな。なんつったっけ? 同じ穴のムジナ?」

「おい」
 思わず、門田に手が出ていた。
 にらみつけると、門田は「わるい、わるい」と手を振りながら笑いかけてきた。「涌島が言わせるからだよ」

 気分が悪かった。
 もちろん、門田のほうがみどりとは先に付き合っていたわけだから、2人がそういう関係だったことはわかっている。門田のほうにも照れがあるのもわかる。だが、そうあからさまに言われると、やはり気分が良くない。
 まるで、門田とオレでみどりを共有したような言い方じゃないか。あの人を、こいつはモノとしか見ていないのか。そんなふうに付き合っていたのか、お前は。

「まもなく三越前、三越前でございます」アナウンスに、何か言おうとした涌島が口を閉ざした。「なお、半蔵門線鷺沼行の最終電車をご利用のお客様は、表参道でお乗り換えください。水天宮前行の電車は終了しておりますからご注意願います。三越前でございます」

 アナウンスの終わるのを待っていたように、涌島は宮地に言った。
「宮地は、彼女ってのに会ってるんだよな」
「うん」
「ディスコで門田がナンパしたって言ったっけ?」
 宮地が、小さく首を振りながら何かつぶやいた。訊き返した涌島に、門田が「カラオケだよ」と答えた。

「ああ。年上なんだろ? 彼女」
 大樹はうなずいた。門田にみどりのことを話させるのが、なんとなくいやで、自分で答えた。
「電機メーカーに勤めてる。向こうが3人で、こっちも門田と宮地とオレと3人だったから、一緒にどうですかって言って。それで知り合ったんだ」
「あとの2人は、どうだったの?」
「どう、って?」
「その彼女だけだったわけ? そのあとも続いたって」
「ああ――」

 他の2人……なんと言っただろう。カラオケボックスで、名前は聞いたはずだが、すっかり忘れている。名刺をもらったのもみどりだけだった。
 彼女は、丁寧に名刺の裏に自分のプライベートの電話番号を書いてくれた。
 あのときは、自分にくれた名刺だけに番号が書かれていたのかと思っていた。門田が彼女と付き合ってると聞いたときは嫉妬した。

「他の2人は、まるっきりオレらを子供扱いだから」と、門田が言った。「向こうは勤めてるったって、2つか3つしか違わないんだけどな」
「じゃあ、門田が遊びだったって言うより、その彼女のほうが遊びだったんだ」
 面白がっているように涌島が言った。
 門田が、笑いながらうなずく。
「そ、そ、そ。遊ばれちゃったわけよ。遊ばれて、あきたら、ポイッてな」
「じゃあ、あれじゃん」と、涌島は今度は大樹に話を向けてきた。「櫛部にしたって、遊ばれてるだけってことかもしれないじゃん」
「…………」

 遊ばれてる……。
 大樹は、なんとなく門田を見つめながら思った。
 遊ばれてる? うそだ。遊びじゃない。

「いつも一緒にいたいの。一緒にいてくれる?」

 みどりは、大樹の顔中をキスで埋めながらそう言った。
 遊びじゃない。オレの場合は違う。

「ま、ま、ま」と、門田が涌島を抑えるようにして言った。「相手がオレだったから、あちらも遊びだったってことでさ。大樹の場合は、違うよ、そりゃ。な?」

 違う。遊びじゃない。オレは、門田とは違う。

「あのさあ」
 不意に宮地が言って、大樹は彼のほうへ目を向けた。
 真剣な表情で、宮地が大樹を見返した。


 
     門田   涌島  みどり 
     宮地 

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