![]() | 24:07 神田-三越前 |
「ヘラヘラ笑ってなんかねえよ」 と、門田が言った。その顔も笑っている。 「笑ってるだろ」涌島が嫌みったらしい声を上げた。「どうやっても、その顔が泣いてるようには見えない。平気なのかよ、おまえ」 「あの子は、どっちかって言うと、オレより大樹向きだよ。うん」 「ようするに、惚れてたってことじゃないのか」 「惚れてた――すげえ、古風な言葉」 アイツ……鈴木みどり……いったい、なにを考えているんだろう。 「だって、べつにオレ、彼女とか、そういうんじゃないもの。もともとが」 門田が、首を振りながら言った。 そこへ、涌島が突っかかる。 「うそつけ。付き合ってるって言ってたじゃないか」 「付き合ってたよ。付き合ってたけど、彼女ってわけじゃない」 「なんだ、それ」 「そういうの、ないかよ。彼女とか何とかじゃなくて、軽く付き合うって」 「だって、お前、その……」涌島が、口ごもった。「だから、その、さ。お前、いくとこまでは、いったわけだろうが」 とたんに、門田が笑い出した。笑ったのは門田だけだった。 「涌島、お前、明治生まれなんじゃないの?」 「……なんだよ」 「いくとこ、ね。まあ、つまり、大樹とオレは、兄弟ってわけだな。なんつったっけ? 同じ穴のムジナ?」 「おい」 さすがに怒ったのか、櫛部が門田の胸を、ドンと突いた。 門田は笑いながら櫛部に謝る。 「わるい、わるい。涌島が言わせるからだよ」 どうして、みどりはオレの部屋に来たのだろう。 オレのことが好きだったわけじゃないのか? オレは、すっかりだまされていたのか? みどりのことで頭がいっぱいになっているオレって、ただの馬鹿野郎なのか? 「よう――」と涌島が峰生に声をかけてきた。それと同時に、次の駅を車内アナウンスが告げた。 「まもなく三越前、三越前でございます。なお、半蔵門線鷺沼行の最終電車をご利用のお客様は、表参道でお乗り換えください。水天宮前行の電車は終了しておりますからご注意願います。三越前でございます」 峰生は、そのまま涌島を見ていた。アナウンスが終わると、涌島は、ああ、とうなずいた。 「宮地は、彼女ってのに会ってるんだよな」 「うん」 複雑な気持ちで、峰生はうなずいた。 「ディスコで門田がナンパしたって言ったっけ?」 「カラオケ……」 「え?」 聞こえなかったらしく、涌島が耳を近づけてきた。門田が口を挟んだ。 「カラオケだよ」 「ああ」と涌島がうなずいた。「年上なんだろ? 彼女」 それに答えたのは櫛部だった。 「電機メーカーに勤めてる。向こうが3人で、こっちも門田と宮地とオレと3人だったから、一緒にどうですかって言って。それで知り合ったんだ」 「あとの2人は、どうだったの?」 「どう、って?」 「その彼女だけだったわけ? そのあとも続いたって」 「ああ」 門田が、とんでもないというように手を振った。 「他の2人は、まるっきりオレらを子供扱いだから。向こうは勤めてるったって、2つか3つしか違わないんだけどな」 「じゃあ、門田が遊びだったって言うより、その彼女のほうが遊びだったんだ」 「そ、そ、そ。遊ばれちゃったわけよ。遊ばれて、あきたら、ポイッてな」 「じゃあ、あれじゃん。櫛部にしたって、遊ばれてるだけってことかもしれないじゃん」 「ま、ま、ま」と、門田が涌島をいさめるように肩をたたいた。「相手がオレだったから、あちらも遊びだったってことでさ。大樹の場合は、違うよ、そりゃ。な?」 やたら、胸の鼓動が速い。 峰生にはなんだかわからなくなっていた。 あの鈴木みどりという女のことが、さっぱりわからなくなった。 遊び。 では、オレの場合も遊びなのか。 だってそうだろう。門田から櫛部に乗り換えたような話になっているけれど、みどりはオレの部屋にも来ているんだから。 毎週木曜日。これまで3度、みどりはオレのアパートに来た。 「カネないから」というと、彼女は「じゃあ、あなたの部屋に行ってもいい?」と訊いたのだ。 どうなってるんだ。 どういうつもりなんだ。 「あのさあ」 つい、口に出た。 3人が、峰生に目を向けてきた。 |
![]() | 門田 | ![]() | 涌島 | ![]() | 鈴木みどり | |
![]() | 櫛部 |