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古い油だったんじゃないのか、と安江務は階段を下りながら胃のあたりを
さすった。
だいたい、味も素っ気もない天ぷらだった。かき揚げなんて、その辺にあ
ったクズを寄せ集めて揚げたんじゃないかと思えるぐらいひどかった。まあ、
どうせ牧百合子の行きつけの店だっていうんだから、期待もしてなかったが。
それがこの……と、安江はチラリと隣の舟山新吉に目をやった。この馬鹿
野郎は、最初から最後まで「おいしい、おいしい」の言い続けだ。太鼓持ち
もいい加減にしろと言いたくなる。
階段を下りきったところで、その舟山が「課長」と牧百合子に声をかけた。
なんだ、その猫なで声は! 怒鳴りつけたくなるのをぐっと我慢する。
「課長。さっきの話ですけど、アサカネの80本というのは、やっぱり作戦
勝ちですよね。あんまり課長の読みがピッタリだったんで、びっくりしちゃ
いましたよ」
へ、と安江は小さく首を振った。
なにが課長の読みだ。
読みもへったくれもあるわけないだろう、この女に。ようするに、色目使
ったってだけのことじゃないか。その色目もね、あと数年で使いものになら
なくなっちゃうんだよ。よく見てみろ、この女の顔。皺だらけじゃないか。
「この手でいけば」と舟山が安江に言葉を向けてきた。「安江さんのニッコ
ー関係もドバッといけるんじゃないですか?」
ふん、と安江は舟山を見返した。
「なに舞い上がってるんだよ。条件が違うだろうが。そんな単純なものじゃ
ないよ」
言うと、舟山は「そうですかねえ……」と口をとがらせた。
牧百合子が立ち止まって後ろを振り返り、つられて安江も彼女の視線の先
を見た。浪内勝己が公衆電話のところで受話器を取り上げていた。
浪内を待ってやるつもりらしく、牧百合子が足を止めてしまったので、安
江もそこで電車を待つことになった。
「課長は、どうお考えになります?」
舟山が牧百合子に訊いた。
このバカは、牧課長の賛同を得られれば自分が優位に立てると思っている。
ほんとにおめでたい。
「安江さんの言う通りでしょう」と牧百合子が言い、安江はヒョイと眉を上
げた。「アサカネの場合は、売り込み前にちゃんと根回しがすんでいたから。
舟山君は作戦勝ちって言うけど、その作戦はもうずいぶん前からはじまって
たわけ。先月だけが勝負だったんじゃないのよ」
「ああ……それもそうですね」
なるほど、と安江は2人から顔を背けた。
ようするに、ニッコーのほうは根回しもできてない状態だとおっしゃりた
いわけね。つまり、このオレの仕事がダメだと言ってるわけだ。
ふざけるな!
だから、女にチームをまとめるなんてできないと言ってるんだよ。上に立
つ人間が、その結果だけしか見ないで、どうやって人をまとめられるって言
うんだ。なにもわかってないくせに。
「どうですか?」
舟山が牧百合子にガムを差し出していた。
自分が情けなくならないのか、このバカは。
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