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ああ、またこんな時間……。
2番ホームへの階段を下りながら、牧百合子は小さくため息をついた。
また、お義母さんに言われるんだろうな。
「課長」と、ホームに降りたところで舟山が声をかけてきた。
舟山の向こうで、安江が苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。この男
の顔はいつ見ても不機嫌そうだ。客の前では少しは愛想笑いもするのだろう
か。あの成績では、まあ、やはり同じ顔なのだろう。客も逃げる。
振り返ると、浪内は一人離れ、相変わらず携帯電話を耳に押し当てながら
階段を下りていた。
「課長」と舟山がニコニコ笑いながら重ねて言う。「さっきの話ですけど、
アサカネの80本というのは、やっぱり作戦勝ちですよね。あんまり課長の
読みがピッタリだったんで、びっくりしちゃいましたよ」
百合子は微笑みながら小さくうなずいた。
「この手でいけば」と舟山は隣の安江を振り返りながら言う。「安江さんの
ニッコー関係もドバッといけるんじゃないですか?」
「ふん」と安江が鼻で笑った。「なに舞い上がってるんだよ。条件が違うだ
ろうが。そんな単純なものじゃないよ」
「そうですかねえ……」
百合子は、後ろを振り返って足を止めた。浪内がホームの端のカード電話
にとりついているのが見えたからだ。どうやら、携帯の電波の具合がよくな
いらしい。
百合子に合わせるようにして、舟山と安江もその場で立ち止まった。なん
となく2人の男に挟まれたような格好になった。
「課長は、どうお考えになります?」
舟山に言われ、百合子は、ふっ、と微笑んだ。
「安江さんの言う通りでしょう。アサカネの場合は、売り込み前にちゃんと
根回しがすんでいたから。舟山君は作戦勝ちって言うけど、その作戦はもう
ずいぶん前からはじまってたわけ。先月だけが勝負だったんじゃないのよ」
「ああ……それもそうですね」
舟山がうなずいた。
麻理はもう寝ているだろうな……と、百合子はバッグの口を握りしめた。
もちろん寝ている。12時を過ぎているのだ。昨日は8時に帰宅できても、
今日またこんな時間では同じことだ。
一週間の半分は娘の寝顔をながめに帰るなんて、やっぱり母親としては失
格なのだろうか。
「麻理が大きくなるまでは、夕食前に帰れるような仕事にしたらどうなの?」
義母の言葉が甦る。
「どうですか?」
舟山がガムを一枚百合子の前に差し出した。
百合子は、首を振った。
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