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「え? なに……もしもし?」
階段を下りながら、浪内勝己は携帯電話を握りなおした。
途端に受信状態が悪くなった。好恵の声が雑音に紛れてよく聞き取れない。
浪内は意識的に前を降りて行く3人と距離を取りながら携帯を右の耳から
左の耳へ持ち替えた。
「もしもし?」
「……おと……が……こ……なんじゃ……て……」
好恵の言葉はさらに聞き取りにくくなった。
「ちょっと待ってくれ、電波の状態が悪くて聞こえないんだ。PHSのほう
がこういう場所は聞こえるらしいけど――」
「……じ……なの……よ……たら……」
だめだ、と浪内は携帯を耳から外してにらみつけた。
雑音ばかりでこちらの頭が痛くなってくる。
あ、と浪内はホームに下りたすぐそこにカード電話が2台並んでいるのに
気づいた。
「かけ直すから。ちょっといったん切るよ」
そう言って、浪内は携帯のスイッチを切った。
ポケットを探り、定期入れからカードを取り出して電話の挿入口に差し入
れた。
ボタンを押す指に苛ついた。
ツー、ツー、ツーと話し中の信号音が聞こえてくる。
なんだよ、電話が切れたんだから、すぐにそっちも切ればいいじゃないか。
腹立たしさをぐっとこらえて受話器を戻し、もう一度取り上げる。カード
を差し込みなおし、ボタンを押す。
「もしもし?」
好恵の声が聞こえた。
「あ、電話を変えた」
「え? よく聞こえなくなって、そしたら切れちゃったのよ」
「わかってるよ。地下鉄に下りたんだ。携帯はダメだから公衆電話に変えた」
「ああ……地下鉄」
それで、と浪内は話を戻す。
「結局どうなんだよ。支払った金は、戻るのか?」
「だから、難しいって言われちゃったの」
「難しい?」
「ええ、クーリングオフって言うのは7日間なんですって。それを1ヶ月以
上も過ぎちゃっているから……」
「ちがうよ」と浪内は苛立ちながら言う。「クーリングオフがどうのという
んじゃない。いいか、詐欺なんだよ。悪質な詐欺商法に遭ったんだから、う
ちは」
「だって、電話かけても出ないし……生活センターの人にも話してみたけど」
「センターの話を聞くと言うより、被害に遭ったのはうちだけじゃないんだ
ろう?」
「……調べてもらってるけど」
好恵の言葉が泣き声に近くなっていた。
浪内は苛立ちながら、ホームの向こうに目をやった。牧課長と安江、舟山
の3人は少し離れたところで電車を待っていた。
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