 | 24:10 新橋駅 |
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そうだ、その通りよ。 と、薫はうなずいた。 根本君、眠たいのにいいこと言う。感心しちゃうな、もしかして、根本君って、すっごく頭良い？ 「その推理の根拠は？」 小早川さんが根本君に訊いた。 とにかく、小早川さんは、なにもかもはっきりさせたい人なのだ。 「根拠？」根本君は眠そうな顔で笑いながら首を振った。「そんなもんないよ。普通そうだろ？ 目の前で、いきなり暴力沙汰が起こったときに、普通の人間はそこから逃げるよ。ただそれだけの話」 うん、と薫はうなずいた。 「逃げる、逃げる」 小早川さんが根本君と薫を見比べた。 「いや、そうとも言えんのじゃないかな。突発的に目前で殺傷沙汰が起こった場合、ある人間は、その争いを停めようとする。別の人間は、周囲の人間に危険を報せる。またある人間は、警察に報せようとする。もちろん、逃げ出す人間もいるだろう――」 そこに万里っぺが口を挟んだ。 「だから、その人は逃げ出したのよ」 「そうそう」と、薫もうなずいた。 だけど、さすがに小早川さんは、それだけでは参らなかった。 「いや」とポーズを作りながら、ゆっくりと首を振る。「まだすべての場合を挙げてない。思うに、そういう場合、一番多いのは、なにもせずにその場に立って見ているというんじゃないかな」 驚いて、薫は小早川さんを凝視した。 「立って見てる？ 目の前で殺人が起こってて？」 訊き返すと、小早川さんは「うん」とうなずいた。 「いいか？ その赤い車の男が事件と無関係なら、そこで起こった殺人事件は予期しなかった突発的な事態だろう？」 「…………」 小早川さんの言おうとしていることが、もう一つよくわからなかった。 「そうよ……それが？」 「普通、信じられるか？ この世界一安全だと言われてる日本で、目の前で殺人が起こって、それが現実のことだとすぐに信じられるか？」 「え……だって」 「大半の人間は、目の前で起こったことが信じられず、とっさの判断もつかず、身体が硬直してその場に呆然と立ちつくしてしまうというのが普通なんじゃないかな？」 「…………」 えーと、と薫は言い返す言葉を探した。 探したけれど、見つからなかった。 まあ、もちろん、あたしなんかはそうかもしれない。突然、目の前で人殺しが起こったら、呆然としてというよりも、恐怖で身体がすくんでしまうかもしれないから。 でも……。 「普通かなあ」万里っぺが、くいっと首をひねりながら言う。「あたしは逃げ出すのが普通だと思うな。危険回避行動？ 心理学用語はよく知らないけど、とにかく自分の安全を守るっていうのは本能だし、目の前でとんでもないことが起こったら、だいたいみんな逃げ出すよ」 そうそうそう、その通り――と、薫は大きくうなずいた。 「逃げる。絶対、そうよね。逃げる」 ふらふらと根本君が首を振った。 「いや」と小早川さんに言った途端、ふわあ、と大きなあくびをした。その顔がちょっと面白かった。 「あのさあ……呆然と突っ立ってるヤツもいるだろうし、泣き出すヤツもいるだろうし、もしかしたら笑い出しちゃうのだっているかもしんないけど、そういうことじゃないわけでしょ」 小早川さんは、腕を胸の前で組み、ちょっと眉を寄せた。 「どういうことだ？」 訊き返されて、根本君が溜息をついた。 「現実は、真っ赤な車の野郎は、そのままそこを立ち去ったってことですよ。どんな反応をするヤツが何パーセントかってのは、それこそ心理学者に任せとけばいい。そいつは、そこから車で走り去ったわけ。喧嘩を止めに入ったんじゃないし、警察に報せもしなかったし、ぼーっと突っ立ってたんでもなかった。とにかく、ヤツは走り去ったわけなのよ。だから、根拠なんてないけど、たぶんビックリして逃げたんだろうってこと。そんだけ」 まったく、完全に、申し分なく、その通り！ 「現実が物語る真実！」 薫は、ちょっといいフレーズじゃん？ と自分の言葉に満足した。 |
 | 根本君 |  | 小早川 さん |
 | 万里っぺ |