![]() | 24:10 虎ノ門-新橋 |
こういうときに言うべき言葉を松尾は知らなかった。 だいたい、こんな事態に見舞われるなんて、生まれてはじめてのことなのだ。二人の女性に挟まれている。しかも、その両方が自分に好意を寄せてくれている。 なんてことだろう……。 一生、女性とは縁がないのかもしれないと、ついこの前までは思っていた。7回見合いをした。松尾のほうは7回とも相手の女性を気に入ったが、すべて断られた。結婚相談所へ足を運んだこともあるが、入会金だの紹介料だのと説明を受けるうちに、その料金の法外さにあきれ果てて申し込むのをやめた。 それが、二人の女性に挟まれるようなことになろうとは。 いや、二人はいらない。 美佳さえいてくれればいいのだ。やよいには申し訳ないが、あれは一時の気の迷いだった。そんなつもりはなかったのだ。 しかし、そんな言い訳を、こんな場所でするわけにはいかない。横に美佳がいるところで、そんな話をするなんてとんでもない。 どうしたらいいのだろう。 松尾は、そっと二人の様子をうかがった。 二人とも黙ったままだ。美佳は、膝の上のバッグに手を添え、その美しい顔をうつむけている。やよいのほうは、どこか表情を固くして前方へ目をやっていた。 何かを言うべきだと、松尾は思った。 このままの状態を続けてはいけない。何か、言うべきだ。 でも、何を……。 どんな言葉も、松尾の頭には浮かばなかった。 「松尾さん、どこで知り合ったの?」 いきなり、左腕をつつかれ、松尾はギクリとしてやよいのほうへ目をやった。 「え……?」 やよいが、ニッコリと微笑んだ。 「うまくやったじゃない? 彼女美人だし。どうやって知り合ったの?」 「いや」と、松尾は頭をかいた。「その、偶然っていうか」 「偶然? どんな?」 「えへへへ」 つい、笑いが顔に出た。 美佳に目を返すと、彼女はじっと松尾を見つめ、なに? と言うように首を傾げた。 その美佳の顔を、松尾は、たとえようもなく美しいと思った。これほど美しい人が、他にいるだろうか。 「松尾さんのそんな幸せそうな顔って、はじめて見たわ」 やよいが言った。 その言葉が、どこかトゲのようなものを含んでいるのに、松尾は気づいた。 嫉妬なのだ。 自分に対して見せてくれたことのない顔を他の女性に向けている松尾に、やよいは嫉妬している。 しかし、愛しているのは美佳なのだ。申し訳ないが、やよいではない。そのことをわかってもらいたかった。 「置き忘れたおカネを、届けてくれたんですよ」 言うと、やよいは眼を丸くした。 「……おカネ?」 「ええ。ベンチにおカネの入った封筒を置き忘れちゃったんです。そしたら、この美佳さんが走って追いかけてきてくれて、忘れ物ですよって」 まあ、実のところは美佳の勘違いで、届けてくれた封筒は松尾のものではなかったが、彼女の優しい心遣いをはねつける理由はどこにもない。それに、その封筒には1万円札が5枚入っていたのだから。 「やめてくださいって、言ってるじゃないですか!」 向こうで、女性が声を上げた。 ギクリとして、松尾は、そちらへ目をやった。若い女性が、目の前の背の高い男を見上げたまま、顔をこわばらせていた。 |
![]() | 美佳 | ![]() | やよい | ![]() | 若い女性 | |
![]() | 背の高い 男 |