![]() | 24:11 新橋駅 |
気を取り直して頭をひと振りし、小早川は3人を見渡した。 「どうやら、君たちはみんな、奥さんが怪しいという意見で一致してるみたいだな」 「意見っていうより」万里子がどこか澄まし顔を作って言う。「誰が見たって、怪しいよ」 そうそう、と彼女の隣で薫がうなずく。 「奥さんは、嘘をついてると言うわけだ」 「小早川さんは、そう思わないの?」 逆に、万里子が訊き返してきた。 首をすくめてみせた。 「思うも思わないもないよ。今の時点で、先入観を持ちたくないってだけのことだ。奥さんが嘘をついている可能性はあるが、断言できるほどのものじゃない」 万里子が薫と顔を見合わせる。 「……断言したって、いいと思うけどなあ」 横で、うん、とまた薫がうなずく。 ほんとかよ、と小早川は女性軍を眺めた。 そういうレベルなのか、君たちは? 彼女たちの向こうで、根本が大あくびをしながら、わははは、と気が抜けたような笑い声を立てた。女性軍が彼を見返す。 「いやあ……なんというか。面白いねえ」 根本が言ったとき、ホームにアナウンスが流れた。 「2番線に電車が参ります。参ります電車、浅草行の最終電車です。お乗り間違えのないよう、ご注意ください。2番線、まもなく電車が参ります。危ないですから、黄色い線まで下がってお待ちください」 小早川は、腕の時計に目をやった。デジタルの数字が0時11分を告げている。 「なにが面白いの?」 薫が根本に訊いた。根本は疲れた表情のままで、弱々しく彼女に笑い返す。 「なんていうかなあ……この、小早川先生とお二人の噛み合わなさが、なんとも心地よく面白いよ」 「からかってんの?」 万里子が、首を傾げるようにして根本を覗き込んだ。 根本は、笑いながら首を振る。 「からかってない、からかってない。センセイが、嘘をついているというなら裏を取らなきゃダメだって方向へ持っていこうとしてるのに、二人は、断言しちゃえばいいってところで意気投合してるし」 こいつ、寝ぼけてるわりに、話はちゃんと聞いてる……。 小早川は根本を見返した。 「ねねね」と、薫が根本の腕をつかむ。「根本さんは、奥さんが怪しいって思ってるわけでしょ?」 「思ってるよ。思ってるけど、それは、なんかへんだよなってことであってさ。もともと、たった一日の取材で断言できることなんて警察の発表ぐらい──いや、警察の発表だってときどき怪しかったりするけどね。とにかく、断言しちゃえば面白いけど、それだと俺たちがやる仕事なくなっちゃうよ」 電車がホームに入ってきて、小早川たちの前で停車した。ちょうど目の前でドアが開く。その途端、血相を変えたような若い女性が、逃げるようにして電車を降りてきた。続いて、男二人と女一人の、これも若い会社員風が降りてくる。 「新橋、新橋でございます。浅草行最終電車です。2番線、浅草行の最終電車でございます」 降りる客が途切れるのを待って、小早川は万里子と薫を先にやらせ、その後ろから電車に乗り込んだ。 「すいてる、すいてる」 薫が言いながら、脇のシートへ腰を下ろし、万里子がそこに並んだ。小早川と根本は彼女たちの前に立つ格好になった。 「根本さん、疲れてるんだったら座ればいいのに」 薫が見上げて言う。根本は、両手で吊革につかまりながら笑って首を振った。 「座ったら、寝ちまいそうだ」 ふふ、と万里子が笑う。 「薫ちゃんに膝枕してもらって寝ちゃえばいいじゃん」 きゃははー、と薫が笑う。 「あたしの太股、お肉いっぱいついてるから気持ちいいかも」 自分で言って、自分で受けている。 根本は、嬉しそうにその薫を眺めている。 たしかに……と、小早川は思った。根本は働き過ぎだ。あくびはするし、態度もどこかちゃらんぽらんに見えるが、仕事のツボは外さない。見上げたものだ。 嫌々仕事をしているような印象を受けることもあるが、この男は根っからの働き者なのだ。しかも、そのいかにも適当に世渡りしているかのような雰囲気が、周りの人間を自然に和ませてしまう。 才能だな……。 少し、うらやましかった。 「…………」 電車が動き始めた途端、車両の後ろのほうで、なにやら大きな音がした。 見ると、中央のあたりで男が俯せに倒れている。 「なに? どうしたの?」 万里子が首を伸ばすようにして、そちらを見ている。 よくわからなかった。 そのあたりの乗客たちが、全員、倒れた男のほうを見ている。男が立ち上がり、何事もなかったようにこちらの方を向いて直立した。 ぷっ、と薫が吹き出した。 「わるいわよ」 万里子が笑った薫を、笑いながらたしなめた。 |
![]() | 万里子 | ![]() | 薫 | ![]() | 根本 | |
![]() | 若い女性 | ![]() | 倒れた男 |