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「おい! 来てるぞ。走れ、一番前がいいんだ!」
声を上げて、いきなり鏡国彦が走りだした。
それにつられるようにして、全員が走りはじめる。
「3番線停車中の電車、浅草行、本日の最終電車でございます」
駅のアナウンスが、気乗りのしないような声で言った。
「そんなに急がなくても大丈夫よ。いつもこの電車、待ち合わせで停まっ
てんの。まだ、時間、あるわよ」
畑美香が声を上げた。誰も、足を緩めるものはいなかった。
なんで、そんなにみんな浮かれてるの?
真紀は信じられないような気持ちだった。
すぐ後ろを、湯川潤と鈴木みどりが走っている。自分の気持ちをどこへ
持っていったらいいのか、真紀にはよくわからなかった。
結婚? ジュンとみどりが結婚?
そんなの聞いてないわ。冗談じゃない。どういう話なの、それ?
もちろん、こんなにみんながいるところでジュンを問いつめることなん
でできない。そんなことをしたら、自分が笑い者になってしまうだけだ。
だから、とにかく、みんなにあわせて乾杯もしてやった。ほんとうは、
ジュンとみどりの顔にグラスの中身をぶちまけてやりたかった。
「はい、乗った乗った」
鏡国彦が、調子に乗ってドアマンをやっている。
その脇を、真紀はゆっくりと電車に乗り込んだ。
「どぉも!」
すぐ後ろで、愛想を言うみどりの声が聞こえた。
ひっぱたいてやりたかった。
通路に突っ立ったまま、全員でジュンとみどりを振り返った。
あたしはどうなるの?
気持ちの中で問いかけたが、ジュンは真紀と目を合わせようとしなかっ
た。
「なんだ? みなさん、座らないの? こんなに座席が空いてるのに。ほ
らほら、まず主役の二人が座らなきゃ」
お調子者の鏡国彦が言っている。
「いや、その、主役って……」
ジュンが頭をかきながら言った。
みどりと並んで座席に着いたジュンを、真紀は見つめた。ジュンの手が
みどりの太股の上に乗っている。
そんなに見せつけたいわけ? あの舌を絡め合ったキスを見せつけただ
けじゃ、まだ足りないの?
ふと、ジュンが顔を上げてこちらを見た。
真紀は、ニッコリと笑って見せた。精一杯嫌味が通じるように、にこや
かに笑いかけてやった。
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