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 24:07 赤坂見附駅
 三宅 聡
(みやけ さとし)


     どうして、あなたがあの人を助けて上げないの?

 千佳子に、そう言われたような気持ちがした。結局、倒れた会社員をホームへ担ぎ出したのは、先ほどまで三宅と千佳子に因縁をつけようとしていたあのジャンパーの男だった。
 あの男のことを、三宅はくだらない男だと千佳子に言った。相手にしなければいいと。しかし、実際に、倒れている会社員に手を差し出したのは、そのくだらない男のほうだった。
 小学校の時と同じように、お前は、結局なにもできなかった。電話をかけることも、病院へつれていくことも。

 電車が赤坂見附を発車した。
 なにか、気持ちの中に重たい澱のようなものが沈んでいった。

「なあ」
 と大野に言われ、三宅はそちらを見た。
「なにか、あったの?」

 とっさに、なにを言われているのか、判断がつかなかった。大野の、その探るような視線に、三宅は戸惑った。
「……なにかって?」
「なんだか、お前らの様子が変だからさ」

「…………」

 思わず、三宅は大野から目をそらせた。
 どう答えたらいいものか、判断がつかなかった。

「なにか、あったんだろ? どうしたんだよ」
 と、大野はさらに訊いた。
「なにかって……べつに」
 三宅は、やっとの事で、それだけを答えた。

 そうなのだ。
 大野は、千佳子の恋人だ。そして、その彼の口利きで千佳子は1日だけの恋人役を引き受けてくれた。彼は、三宅を信用しているからこそ、自分の彼女を紹介してくれたのだ。
 しかし今、お前の千佳子に対して抱いている気持ちは、その友人の信頼を裏切っている。
 それを、大野は薄々気づきはじめている……。

「どう見たって、べつにって顔じゃないぜ。なんだよ、話してみなよ」
 重ねて訊いてきたが、三宅は言葉が出てこなかった。

「なにが言いたいの? 大野さん」
 と、横から千佳子が口を出した。
「気になっちゃうからさ。なにか、予定外のことでも起こったんじゃないかって。そんな雰囲気だもんな、お前ら」
「予定外?」
「違うのか?」
「予定外って、なんなの? どういう予定だったって言うの?」

 千佳子の言葉は、腹を立てているように聞こえた。
 それは、自分を信用せずそんな疑いを持った大野に対する怒りであり、その疑いのきっかけを作ってしまった三宅に対する怒りでもある。それがよくわかった。
 胸苦しかった。

「大野さんは、どんなことを予定してたの?」
 千佳子は、大野を責めていた。
「いや……べつにオレの予定じゃないだろ。三宅のオフクロさんを騙そうっていうことだったから」
 大野が、その千佳子の語気に気圧されたように言った。
「そうよ。だから、三宅さんと1日だけの恋人になってお母さんと食事してきたの。そのお膳立てをしてくれたのは大野さんだったのよね。どんなことを考えて、あたしを三宅さんに紹介したの?」

 する必要のない嫉妬を大野がしていることに、千佳子は腹を立てている。
 千佳子の言うとおりなのだ。僕はたった1日だけの5000円で契約した恋人だっただけだ。
 それが、妙な勘違いを起こし、千佳子に惹かれてしまった。

「いや、僕はべつに……」
 そうじゃないから、このことで言い合うのはやめてくれ、と三宅は言おうとしたが、言葉にならなかった。言葉が、どうやっても出てこない。

「なんなんだよ。いったい、どうしたんだ? 2人とも」
 大野が、憤慨したように言った。


 
    千佳子  倒れた
会社員
 
ジャンパ
ーの男
     大野 

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