女による女のためのR-18文学賞

新潮社

二次選考通過作品発表(受理順)

作品名
水無月の彼女
作者名
迂回ひなた
コメント
ティーン誌でモデルを務めるくらい美人だが、いつも「死にたい」水無月奈月と彼女に振り回される椛と健治という3人の大学生達が、細部まで丁寧に描かれていて好印象でした。奈月の特性を活かした展開が自然な流れで、そんな彼女をあるがまま受け止めるラストには、青春物らしい爽やかさと現代性を感じました。七夕の笹やろくろ体験のへたくそな焼き物など、作中に登場するアイテムにもムダがなく、よくまとまっていると思います。
作品名
別れる彼氏へ手紙を書け
作者名
岩月すみか
コメント
医大生の彼氏に尽くす保育士の主人公。彼氏を通して出会った、障害を持つ女性とその息子、そして息子の先生に出会ったことで、自分の本当の気持ちに気づいていく。登場人物それぞれに深みと複雑さ、そして確かな実在感があるので、短編なのにまるで長編小説をじっくり読んだかのようなみっしりとした感覚が残りました。主人公たちの「その後」について思いを馳せたくなります。
作品名
ナイトダイビング
作者名
二瓶佳子
コメント
ダイビングの描写が素晴らしかったです。決して立ち入ることができないと思っていた未知の世界(=夜の海)に踏み込む様子を、美しくも地に足のついた文章で表現されていて、物語としての楽しみだけでなく、知的好奇心も満たしてくれるような作品でした。雄大な海の中で流れる時間と、せわしない日常生活で流れる時間が同じなのか、という問いかけも身に沁みました。
作品名
研究室の金魚
作者名
残間倫理
コメント
同じ研究室に所属する男女3人、三角関係の恋模様が繰り広げられていくお話……と思ったら、想像もつかないラスト! 1回目と2回目では全く読み味が変わり、恐怖・驚き様々に感情が入り混じりながら面白く読ませていただきました。ただ、最後によりインパクトを与えるためには、そこに繋がる冒頭部分の金魚の気配は無い方が良いかもしれません。混沌として要素が多すぎる部分もありますが、その中でも細やかな描写やストーリー展開に作家性を感じました。
作品名
17(セブンティーン)
作者名
にしまあおり
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34歳の経産婦が17歳と偽ってパパ活をする、というと「いくらなんでも無理があるだろ!」と思いそうなものですが、この人ならできるんだろうなと思わせる人物造形や筆致がとてもよかったです。彼女が娘の光里を心から愛していることもよく伝わってきました。里紗が「パパ」から首を絞められているときの、いろんなことがわからない、出来ない、でもどうすればよかったのかわからない、そんなモノローグがすごく心に残りました。
作品名
透明な粘液
作者名
早蕨光乃
コメント
導入や設定が魅力的で、すぐ物語に惹きこまれました。就職活動がうまくいかない主人公が、友人である紗季や不思議な魚の自由な性や生き方に憧れと反発を抱くという展開も面白く読みました。ただ、主人公の心理描写がやや希薄で、そこをもう少し丁寧に書けたらさらに完成度が上がったように思います。
作品名
女の檻
作者名
朝凪めい
コメント
文章に力があり、言葉の選び方も使い方も秀逸だなと感じました。女性が恋をして、最高に盛り上がっている次の瞬間、相手に対して感じる想いと男性の深層心理にはくすりと笑ってしまいました。意識したことはなかったけれども、恋をする時、本能と脳はこんな風にせめぎあっているのかなと、知らない自分に触れたようでした。
作品名
職業妊婦
作者名
祥ゆずこ
コメント
女性は我が子の妊娠を他人に任せ、自らは労働に専念する時代、というタブーとも言える思い切った設定。思わぬ妊娠の背景にあった思わぬ目論見に、イヤな汗をかきながらも引き込まれました。混乱し、悩む主人公の感情や考えを、地の文と会話でバランスよく表現していました。妊娠を担う「タミーさん」を特定の人種とせず、個別の理由付けがあると、現代的で、より深みが出るように思います。
作品名
天使なりかけ合唱団
作者名
織田りねん
コメント
素直でユーモアのある文章に引き込まれ、するすると読んでしまいました。短編にしては登場人物が多いですが、皆キャラクターが立っていて、人となりがよく伝わってきます。ちょっと雑に見える言動をする人物についても、なぜそうなのかというところにまで目配せのきいたあたたかな視点が、読んでいて心地よかったです。ただ優しい世界を描くだけでなく、「書いて届けたいものがある」という著者の確固たる意志が芯にある気がするところにも、好感を持ちました。
作品名
お父さんの苦しみを味わいたい
作者名
淡ひかり
コメント
「家族の病気」という誰もが重く捉えてしまう出来事を、ほんの少し斜めから描くことで、軽やかな読み味に仕上がっています。味のしない食べ物を1週間食べ続けるエピソードには実感がこもっていて引き込まれました。文章は読みやすく、「氷が全て溶けたコーラ」「薄めの福山雅治」などの比喩が秀逸。ラストはちょっと書き急いでいる感じがして、もう少しゆったり終わったほうがこの物語には合うのではと思いました。
作品名
みどりごを抱く
作者名
東雲舞衣
コメント
冒頭の主人公と娘の「みどりこ」に関する会話が、ラストに繋がるという仕掛けに掴まれました! 小学生の素直だけど残酷な無邪気さ、田舎の高校生が持つ都会的なものへの憧れ、自分の子供と感性が違うことへの悩みなど、身近な感情をとてもリアルに描かれていて読みやすかったです。一方で、碧子(あおこ)と息子のエピソードは作られたものという印象が強く、もう少し違う形もあったのではないかと感じました。
作品名
蛇に唆されたイブたち
作者名
豆ばやし杏梨
コメント
人間の苦しい恋心を好物とする蛇に憑かれてしまった主人公の、恋の顛末や登場人物たちの生々しい心のやりとりが、非常に巧みに表現されていると思いました。恋をする価値もない人間に恋をした苦さは、蛇が逃げ出すほどに不味いものだったという落ちも教訓すぎずでよかったです。一体この話はどういう方向に転がっていくのだろう、というわくわく感を持ちながら読む楽しみがありました。
作品名
トマト
作者名
比呂まふゆ
コメント
主人公の認知が歪んでいる、という設定の応募作は他にもありますが、本作は主人公の歪みを書き手がきちんとコントロールしている点が秀逸だと思います。物語全体に作者のたくらみが満ちていて、読んでいてどこに連れていかれるのかわからない緊張感がありました。夫と娘のキャラクターにもう少し厚みがあるともっとよかったかもしれません(たとえば実は娘が母に悪意を持っているとか、夫が主人公と別の方向性で暴走しているとか)。
作品名
海を蹴る
作者名
深山夏楠
コメント
筆力が高いのはもちろん、それが物語に馴染んでいることに驚きました。水に入った時の心地よさなど、島育ちの主人公だからこそ感じられるものが作品に無理なく組み込まれています。著者が主人公と一体となって筆をとっているのが感じられ、これほど地の文の描写に説得力と必然性を持たせられるのは稀有な才能だと思いました。あと一歩、人魚の存在のディテールが詰まると、一層読者の心を捉えられるかもしれません。
作品名
笑うワーキングレディ
作者名
斉藤時々
コメント
まず何より、読んでいて楽しい作品でした。職場の、女性なら「あるある」と頷きたくなる人間関係のモヤモヤを扱っていながらも、「男に媚びるな」と大上段に振りかぶるような描き方ではないので、構えることなく読み進められます。正解は分からないけれど少しだけ前進、くらいのラストも、リアルで良かったと思います。昨年の『西瓜婆』とまた違う設定で、著者の幅の広さを感じました。
作品名
一縷
作者名
花村七星
コメント
高校生活がうまくいかない宗教二世の主人公。「かみさまの教え」に違和感を持ちながらも集会では教えを守る優秀な子と褒められ、依存してしまっている姿がリアルでした。二世同士の主人公たちの恋愛が青春のように始まるかと思いきや、婚姻前の性交を穢れとするかみさまの教えが二人に暗い影を落としているところもよかったです。物語全体にどことなく不穏な空気がありつつ、あくまで高校生の普通の生活が淡々と営まれている感じも好きでした。
作品名
時短でいかせていただきます
作者名
秋永佳子
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定時で帰る教師のキャラクターがしっかり立っており、面白く読めました。次にどうなるのか、という展開を期待させるのが非常に上手いと思います。なぜ彼女が時短にこだわるようになったのか、クラスのスクールカーストトップの女の子による教師潰しがいったいどうなるのか、という次に繋がるような回収されていない伏線があり、短編連作の一つを読んでいるような気持ちになりました。ここは評価がわかれるところだと思います。が、この話だけでもしっかりと成り立っていると思いました。
作品名
最初の一歩
作者名
柳楽
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一向にプロポーズしてくれない恋人と、そんな折にナンパしてきた常連客(※この彼が何とも魅力的)。よくある設定……なのですが、文章が本当に素敵!! 人物もお料理も温度が伝わってくるようで、気づけば主人公の隣に立って物語を感じています。全ての描写が細やかながら、くどさが無いのも好印象。心地よく読み終えられたのですが、次作では小さじ0.5杯だけ人間の醜さや生っぽさをいれてあげると、読者の心に爪痕を残せそうです。
作品名
じゃない女
作者名
富山穂香
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漫画家として戦力外通告を受け、意に染まない仕事(エロ漫画を描く)を引き受けるのか、それとも断るのか。一顧だにせず依頼を断るのは簡単ですが、自分がバカにして断ろうとしている仕事だって、誰かの大切な仕事……。優しく強い視点に胸が熱くなりました。また、異性から外見のみで「そういう目」でしか見られないことに反吐が出そうになる一方、そういう目で「見て貰えない」ことのジレンマも正直に描かれていて、信頼できる作品だと確信しています。
作品名
黙祷の影
作者名
木村久佳
コメント
主人公の五感を追体験できるような、想像力を掻き立てる文章に引き込まれました。幼いころの主人公が大人を喜ばせるための行動をとったり、地震で壊れていく街を見て、もうここには戻って来られないことを悟ったりする場面が特に印象的で、大人が思っているより、子供は大人なんだと感じました。幼いころに抱えた後ろめたさを今も手放せず、悪い子になり切れない主人公が愛おしかったです。ふと自分の過去にも思いを巡らしてしまう、そんな素敵な作品でした。
作品名
緑の見え方
作者名
篠田沙織
コメント
少しずつ自分の形が変わることを、「緑」という観点からとても美しく描いている作品でした。「先生」というある意味で聖域化されている人物への執着の表現や、先生と同じたぬきそばを頼むいじらしい無力さなども、リアルで素敵です。服を脱がされた状態で先生のことを考えたくない、と大人になってからも態度が一貫しているところも、なんとも切なく好きです。思い出への弔いを描いた物語でもあると感じ、とても印象に残りました。
作品名
宇宙までの遠まわり
作者名
似鳥千寿加
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宇宙飛行士になる夢を持つ友人・松崎の数年間が「冗談みたいに対照的」だと感じる主人公の視点で描かれる物語。現状に物足りなさを感じる主人公が松崎のことを理想化していく暴走ぶりといい、10代後半の頭でっかちな感じがリアルで楽しい。特に、恋人と夜道を歩きながら松崎のことを話す場面、自覚も悪意もない自分勝手さが表れていて心に残りました。だんだんと苦々しい話になっていくものの、読後感も良かったです。