第24回 受賞作品
大賞・友近賞受賞

「笑顔は業務に含みません」
(「笑うワーキングレディ」改題)
斉藤
――この度はおめでとうございます。受賞の一報を聞いてどのように思われましたか。
まず思ったのは「まだケーキ買ってない!」でした。
応募したのは今回が三度目で、昨年はじめて最終候補になりました。昨年の最終選考日は普段通り会社にいて、結果は受賞ならず。
今年は、昨年とは全く違う状況で結果を待とうと気合を入れて半休を取りました。ランチにトンカツを食べた後、審査員の方々の御本を祈りながら拝読、そして選考開始の時間ぴったりに、勝負の神様として有名な筥崎宮を参拝。生まれて初めて賽銭箱にお札を入れるという、私にとってはかなり勇気の要ることをやりました。千円札でしたけど。ついでに「必勝」のお守りもゲット。
計画ではその後、一人祝賀会用(もしくはやけ食い用)のケーキを買い、お守りを握りしめて結果を待つ手筈だったのですが、その前に電話をいただき「どうしよ、まだケーキ買ってない」と焦りました。
――小説の執筆に興味を持たれたのはいつ頃でしたか?
小さい頃から小説を書いてみたいなとぼんやり思っていました。でもいざ挑戦してみて書けなかったら自分の可能性が一個なくなってしまうような気がして、ずっとチャレンジ出来ずにいました。
実際に執筆を始めたのは3年半ほど前です。当時勤めていた会社があんまり合わなくて気分転換に習い事を探していたら、プロットを見てくれる教室を見つけたんです。楽しくなかったらすぐに辞めればいいや、ぐらいの軽い気持ちで行ったら、先生がすごく素敵で。2~3か月通ううちに、プロットがいくつか完成しました。それを先生に見てもらったところ「これ小説にして、新人賞に出してみたらいいんじゃない?」って、応募できそうな賞を探してきてくださったんです。
――それがR-18文学賞だったんでしょうか?
実は最初に応募したのはオレンジ文庫(コバルト)の短編小説新人賞でした。そこで入選したのですが、その際にオレンジ文庫の方から「真剣に書いてみませんか?」と声を掛けてもらい、長編の賞への応募作品を書くことになりました。けれど、それまで原稿用紙30枚しか書いたことがなかったのに、いきなり400枚になって、途中で少し集中力が切れてしまい……。短編〜中編の小説を書きたい気持ちになったんです。
そんな折に、R-18文学賞受賞者決定の記事をたまたまネットで見かけました。当時は『成瀬は天下を取りに行く』の宮島未奈さんが受賞されたタイミングだったんですが、宮島さんのインタビューに、私がいただいたのと同じコバルトの短編小説新人賞を獲ったことが書かれていて、ああそういうルートもあるんだなと。
R-18文学賞自体を知ったのは、窪美澄さんの『ふがいない僕は空を見た』がきっかけです。発売された当時、帯に「R-18文学賞受賞作」と書かれていたのをよく覚えています。
その記憶と、偶然にも選考委員の先生方がみんな好きな人ばかりだったということもあり、自分も出してみたい! と勢いで応募を決めました。
――普段はどのような小説を読まれていらっしゃいますか。
川上未映子さんや津村記久子さん、それから円城塔さんや松田青子さんがとても好きです。
読書の入り口は、小学生の時に買ってもらった『あしながおじさん』でした。学校の朝読書用だったのですが、あまりにも面白く休み時間もずーっと読み続け、結局帰るまでに一冊読み終えてしまったんです。その後シャーロック・ホームズシリーズやエドガー・アラン・ポー、田辺聖子版の源氏物語やキャッチャー・イン・ザ・ライなど、古典や国内外の名作を中心に色々と手に取りました。
現代作家の作品に出会ったのは中学三年生の時です。吉本ばななさんの『キッチン』を読んだら、それがあまりにもすらすら読めてびっくりしたんです。そうか現代の人の本って普段自分が使っているのと同じ言葉で書いてあるから読みやすいんだと気づきました。
最近は夏目漱石の作品を読み返しています。オーディブルで聞いていたらハマってしまったんです。私は落語が好きなんですが、落語って言葉のリズムがとにかく素晴らしいんですよね。初めて夏目漱石の『吾輩は猫である』を読んだ時に、落語と同じエッセンスを感じたんです。上手い落語の喋りを文章にしたら漱石のようになるんじゃないかなと。
――受賞作「笑顔は業務に含みません」は、「笑うこと」に疑問を投げかける作品ですが、この小説をご執筆されたきっかけを教えてください。
元々、「笑顔ってなんなのかな」「なんで笑うのかな」と、笑顔についてぼんやり関心を持っていました。大学生で映画館のアルバイトを始めた頃、お客さんでやってくる年配の男性や社員の方から「もっと笑ってよ」とか「なんで笑わないの?」とか、「君のためを思って言ってあげてるんだよ。ニコニコしてた方がいいよ」みたいなことを沢山言われた経験があるんです。人の表情にまで口を出されることがあるんだ、と驚いたんです。人から言われて笑いたくないなと思う一方、でも笑顔が素敵なことは良いことじゃないですか。もやもや考えた当時の気持ちが本作の根っこになっていると思います。
ちなみにお話のキーパーソンになる、完璧な笑顔を持つおじさん社員の岩橋さんは、メジャーリーグのドジャースに所属するテオスカー・ヘルナンデス選手がモデルです。初めて彼を見た時に、こんなに笑顔が素敵な人いるんだってびっくりして。この人に“にこっ”て笑われたら絶対に好感を抱くなと思いました。
――斉藤さんは昨年のR-18文学賞に応募された「西瓜婆」も最終選考に上がっていましたが、今回の受賞作とは少し方向性の違う作品ですよね。
「西瓜婆」は西瓜からとんでもなく我儘なお婆さんが産まれるというSF要素が入ったお話なんですが、このお婆さんは私の祖母がモデルになっています。数年前にその祖母を家族で看取った時、本当に苦しまずに植物が枯れるようにシューって亡くなっていったことがとても印象的でした。あ、人間ってこういうふうに死んでいくんだなと。
加えて、当時は自分自身が妊娠・出産に対してすごく興味を持っている時期でもありました。祖母が母を産んで、母が私を産んでと、何千年も大昔から出産に関しては何も変わってないじゃないですか。もうそろそろ2025年だし人間も単為生殖ぐらいできればいいのになあ、いっそのこと西瓜から産まれたらいいのになぁ、という発想から物語が生まれました。
――今後はどんな作品を執筆したいと考えていますか。
今回の受賞作のように生活と地続きみたいなものも書いてみたいし、「西瓜婆」のように、ちょっとぶっ飛んだものも書いてみたいです。面白がって読んでもらえると分かったので。
どんなストーリーだったとしても、読んでくれた人が「こういうこともあるかもな」とか「こういう人もいるよな」と無理なく受け止めることができて、自分にも他人にもちょっとだけ寛容になれるような小説が書けたら嬉しいです。
先ほどの落語や漱石のお話と共通するのですが、私は読み手として、文章自体にリズムとかユーモアがあるものがすごく好きなんです。悲惨な内容のお話を書いたとしても、文章のユーモアだけは忘れない、そういうことにこだわった小説が書きたいなと思ってます。