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英米で絶賛、古典の香気漂う米女性作家の傑作ミステリー。村上春樹の特別解説付き!

黙約〔上〕

ドナ・タート/著、吉浦澄子/訳

810円(税込)

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発売日:2017/08/01

読み仮名 モクヤク1
装幀 永戸鉄也/カバー装画、Mondadori Portfolio(Getty Images)/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-220121-3
C-CODE 0197
整理番号 タ-9-1
ジャンル 文芸作品
定価 810円

緑の蔦に覆われた大学の古い建物、深い霧に包まれる森。東部ヴァーモント州の大学に編入した主人公リチャードは、衒学的なモロー教授のもとで古代ギリシアの世界に耽溺する学生五人と知り合う。そしてある夜、バッコス祭の神秘を再現する熱狂の中で凄惨な事件が起こった。美と恐怖と狂気が彼らを駆り立てる――『罪と罰』を彷彿とさせる傑作長編小説! 『シークレット・ヒストリー』を改題。

著者プロフィール

ドナ・タート Tartt,Donna

アメリカ・ミシシッピ州グリーンウッド生れの女性作家。1992年、28歳の時に『黙約』“The Secret History”で彗星のようにデビュー、全米ベストセラーとなった。寡作ながら、これまで『黙約』を含めて三つの長編を執筆。2002年に“The Little Friend”(邦題『ひそやかな復讐』)を刊行、2014年には“The Goldfinch”(邦題『ゴールドフィンチ』)がピュリッツァー賞小説部門を受賞し、世界的に注目を集めている。

吉浦澄子 ヨシウラ・スミコ

1947年東京生れ。津田塾大学卒業。英米文学翻訳家。メアリ・モリス『待合室』、デボラ・チール『愛に迷った時』、ジュディス・マイケル『こころ騒がせて』、ジョゼフ・エイミエル『スーザンが復讐するとき』など訳書多数。

書評

スパゲティーをゆでるどころではない

吉野仁

 これほどうれしい復刊があるだろうか。
 ドナ・タートのデビュー作にして青春ミステリーの傑作『シークレット・ヒストリー』が『黙約』と改題され、新潮文庫から刊行となったのだ。もともとの邦訳が扶桑社ミステリーより出版されたのは1994年のことで、長らく古書でしか入手できなかった。最近になって本書の評判を知り、復刊を待ち望んでいた人も多いと思う。
 そのきっかけをつくったのは、今回の文庫化に際して巻末解説を担当している村上春樹氏だ。この解説、『黙約』に関する話というよりも作者ドナ・タートとの交流を中心にしたエッセイのような内容ながら、興味深いエピソードにあふれている。なにより村上春樹ファンであれば、読者から寄せられた膨大な質問への回答をまとめた『村上さんのところ』で彼女の名前と作品名を幾度か目にしているにちがいない。
 たとえば、ガープ男と名乗る質問者は、スティーグ・ラーソン〈ミレニアム三部作〉を読み終え、この本は「スパゲティー小説(スパゲティーをゆでながらもつい手にとってしまう小説)」だと思うと述べたあと、「最近のもので春樹さんのおすすめのスパゲティー小説はありますか?」と尋ねていた。その答えはこうだ。
〈ドナ・タートの『The Goldfinch』はよかったですよ。とにかく面白い。(中略)だから今はとりあえず、彼女の前の作品『シークレット・ヒストリー』を読んでみてください。これもなかなかはまります〉
 残念ながら、これまでドナ・タートの名は日本でさほど知られていなかった。なにせ発表した小説はわずか三作。『黙約』は1992年の発表で、そのときドナ・タートは28歳、書きあげるのに8年かけたという。第二作『ひそやかな復讐』(扶桑社ミステリー 上下巻)は10年後の2002年に刊行され、第三作『ゴールドフィンチ』(河出書房新社 全四巻)はさらに11年後の2013年刊だ。ほぼ10年に一作。しかし欧米ではいずれもベストセラーとなり、権威ある文学賞を受賞するなど、高い評価を得ている。
 では、その『黙約』とはいかなる小説なのか。
 物語の語り手は、リチャード・パーペン。カリフォルニアから東部ヴァーモント州にあるハンプデン・カレッジに編入学してきた彼は、ジュリアン・モロー教授による古代ギリシア語のクラスを希望するも、すでに枠はいっぱいだと一度は断られたものの、クラスのメンバーと知り合うことから参加を認められた。グループのリーダーは語学の天才ヘンリーで、そのほか、ややクセのある性格で金髪のバニー、同性愛者のフランシス、双子の兄妹であるチャールズとカミラがいた。リチャードは、学識あふれる教授のもと、個性的な5人の仲間たちと濃密な学園生活を送ることとなった。だが、ある忌まわしい事件をきっかけに6人全員が次第に精神の均衡を失っていく。そして、さらなる悲劇が彼らに襲いかかった。
 本作が最初に日本で紹介された1994年、年末恒例のミステリー・ランキング海外部門第1位はスコット・スミス『シンプル・プラン』だった。ある犯罪を契機に関係者が破滅へと向かって行く展開という共通点がある。しかし本作が胸に迫る物語なのは生々しいほどの〈青春〉が描かれているからではないか。そこにあるのは、だれよりも優れた存在でありたい、人から愛されたいと望みながらも、現実に直面し、劣等感にさいなまれ、嘘をつき自分を偽ったり、他人を嫉妬したり、友人と反目したりする多感で自意識過剰であまりに愚かな若者たちの姿だ。ギリシア古典をはじめ文芸、映画、音楽など様々な話題が飛び交う知的な面白さ、事件をめぐるサスペンスの読みごたえもさることながら、全編にわたって人間模様の機微が細やかに描かれているのだ。そして待ち受けているのは衝撃的なクライマックス。まるで自分の身に起きた出来事であるかのような錯覚を覚えてしまう物語だ。
 海外ミステリーのファンのみならず、たとえば新潮クレスト・ブックスを好むような方にも薦めたい。読みはじめれば、たちまちその内容と展開に魅了され、スパゲティーをゆでるどころではなくなるだろう。

(よしの・じん ミステリー評論家)
波 2017年8月号より

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