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どれだけ慊かろうとも仕方がない。すべては自業自得のなせる業なのだ。

  • 文学賞受賞第144回 芥川龍之介賞
  • 映画化苦役列車

苦役列車

西村賢太/著

1,296円(税込)

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発売日:2011/01/26

読み仮名 クエキレッシャ
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 150ページ
ISBN 978-4-10-303232-8
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,296円
電子書籍 価格 1,037円
電子書籍 配信開始日 2011/07/01

友もなく、女もなく、一杯のコップ酒を心の慰めに、その日暮らしの港湾労働で生計を立てている十九歳の貫多。或る日彼の生活に変化が訪れたが……。こんな生活とも云えぬような生活は、一体いつまで続くのであろうか――。青春に渦巻く孤独と窮乏、労働と痛飲、そして怨嗟と因業を渾身の筆で描き尽くす、平成の私小説家の新境地。

著者プロフィール

西村賢太 ニシムラ・ケンタ

1967(昭和42)年、東京都生れ。中卒。2007(平成19)年『暗渠の宿』で野間文芸新人賞、2011年「苦役列車」で芥川賞を受賞。刊行準備中の『藤澤清造全集』(全五巻別巻二)を個人編輯。文庫版『根津権現裏』『藤澤清造短篇集』を監修。著書に『どうで死ぬ身の一踊り』『二度はゆけぬ町の地図』『小銭をかぞえる』『廃疾かかえて』『随筆集 一私小説書きの弁』『人もいない春』『西村賢太対話集』『随筆集 一日』『一私小説書きの日乗』『棺に跨がる』『形影相弔・歪んだ忌日』『けがれなき酒のへど 西村賢太自選短篇集』『やまいだれの歌』『痴者の食卓』ほか。

書評

波 2011年2月号より リアル貧困と八〇年代「フリーター」

清水良典

貧困と怠惰、汚濁と無頼に染まった世界である。この著者のほかに、これほど堕ちるに任せた惨憺たる青春を誰が筆にできようか。同情を催すよりもその遠慮のなさ、えげつなさで良識が吹っ切れて、いっそ己の弱さ醜さを心ゆくまで見せ切るエンタテインメントと感じられてしまう。それが西村賢太の文学世界である。
北町貫多は中学校を出て以来、肉親から離れて安アパート住まいをしながら、五千五百円の日雇い収入に時折すがるルーズな生活を続けている。将来の目標も希望もなく、買淫のために貯蓄する以外は安酒を慰めとする彼は、まだ十九歳。恋人はむろん友人も皆無の彼の生活に、珍しく親交を深める同年の男が現れる。専門学校生だという好青年の日下部と会うために貫多は連日働き、連れ立って暖簾を潜りもするようになる。どん底の青春時代をひととき暖めた陽射しのような思い出は、だが貫多の抱えた底なしの劣等感と飢餓によって汚され、破られてしまう。まずは返す見込みもない借金を申し入れ、次いで日下部に大学生の恋人がいることを知るや妬ましさと悔しさに駆られ、三人で野球観戦に出かけるものの、帰途の酒場で管を巻いて汚らしく恋人たちを罵倒してしまう。
爽やかな青年との得がたい友情を、この貫多はいずれ壊してしまうのだろうという予測が、案の定カタストロフィに至るドラマを読者は堪能できる。しかし読後に蟠る悲しみの複雑さは、じつは時代背景と無関係ではない。
貫多が日下部を評判のアクション映画『コブラ』に誘う場面がある。それに従うなら、この作品の時代背景は一九八六年と思しい。円高時代が到来し「新人類」が持てはやされ、「ニューファミリー」なる言葉がメディアに躍った時期である。若者向けの雑誌があまた出揃い、多様な娯楽と商品購買欲を焚きつけていた。若者たちの労働意識はその頃から「フリーター」志向となった。日下部は過酷でも日当の高いバイト先として日雇い労働を選択している。そして彼の恋人は上北沢のワンルームに住み、マスコミ関係への就職を目指している。ニューアカの言説や華やかなマスコミ業種に憧れながら、時には自由選択として「フリーター」になりもする彼らに比べて、貫多の方はといえば、選択の余地のないリアル貧困であり、最底辺生活者なのである。「所詮、自分は何を努力し、どう歯を食いしばって人並みな人生コースを目指そうと、性犯罪者の伜だと知られれば途端にどの道だって閉ざされよう」との意識が、彼の未来をこれまでいつも黒く塗りつぶしてきたのである。つまりこの小説のカタストロフィの発火点は、最底辺の労働現場を舞台にしつつ、そこで八〇年代的なフリーターの青春と、不幸な自分史を背負ったリアル貧困とが接触してしまった点にある。そこに我々は、さらに四半世紀後の今日においてワーキングプアが直面する格差社会の悲惨を重ね映すことができるだろう。
格差社会の底辺者というスタンスは、本書所収のもう一編「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」にも通底している。ここで新人作家である貫多は川端康成文学賞の候補となっている。文壇で然るべき地位を占めたいという身を焼くような願望と、エリートやインテリのあまたひしめく文壇に額ずくことへの屈辱と憤怒が貫多を引き裂いている。そんな彼が、今は誰も知る者もない大正時代の文芸評論家、堀木克三の晩年の著作――専門店では高額の値がついている『暮れゆく公園』と思しい――を、思いがけず均一棚から入手するのだが、不遇の評論家の「一寸顔を背けたくなる程に痛い」落ちぶれ方が、やがて自らの侘しかるべき晩年に重ねられていくのである。かくも惨めな「負け犬」であることを熱源とする西村文学が、めでたく芥川賞を受賞してしまった。今後、いかなる未来を辿るのだろうか。刮目して見届けたいものだ。

(しみず・よしのり 文芸評論家)

目次

苦役列車
落ちぶれて袖に涙のふりかかる

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