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どうしたら、もっとふつうに彼を愛せるの? 誰かわたしを止めて、お願い――。

青山七恵/著

1,944円(税込)

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発売日:2015/08/31

読み仮名 マユ
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 378ページ
ISBN 978-4-10-318102-6
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,944円
電子書籍 価格 1,555円
電子書籍 配信開始日 2016/02/05

美容師として念願の自分の店をもち、専業主夫の夫に支えられ、しあわせな結婚生活を送っていたはずなのに。気づくと愛する夫を傷つけている舞。ある晩、夫を殴打し部屋を飛び出した舞は、帰らぬ彼をひとり待ち続けている希子と出会う。白いマンションのなかで渦巻く孤独、次第にもつれる男女の愛と渇き。息をもつかせぬ渾身長篇。

著者プロフィール

青山七恵 アオヤマ・ナナエ

1983年埼玉県生まれ。2005年「窓の灯」で文藝賞を受賞してデビュー。2007年「ひとり日和」で芥川賞、2009年「かけら」で川端康成文学賞を受賞した。他の著書に『やさしいため息』『魔法使いクラブ』『お別れの音』『わたしの彼氏』『あかりの湖畔』『花嫁』『すみれ』『快楽』『めぐり糸』『風』がある。

書評

鏡と鍵

小池昌代

 単色ではただ綺麗に見えた絵の具が、他の色と混ざりあううちに、思いがけないほどの、どす黒い色に変化していく――作者はまさに絵を描くように、人間の関係性とその変化を、巧みな筆致で描いている。
 主な登場人物は、美容師の舞と夫のミスミ、そして二人に介入していく羽村希子であるが、彼らの周囲に、希子が執着していく遠藤道郎や、ミスミの親族、そして舞の美容院で働く若い男女などが配される。
 舞台は、舞・ミスミ夫妻と希子の暮らす集合住宅であり、舞の店である美容院。いずれも密室の「劇場」である。
 それにしても、ここで選ばれている「美容師」という職業は興味深い。彼らは人の髪に触り、ときには髪型を劇的に変えたりすることで、人を支配する呪術的な力を、無意識のうちにも、育てているように見える。
 客としての希子に、あるとき舞が言う。「希子さん、髪伸びましたね」。そして仕事帰りに、また店に寄っていくようにと誘う。美容師としてはごく当たり前の声掛けであろう。だがその言葉の背後には、意味を超越した支配関係が蛇のようにぬめぬめと動き出しているように感じられる。
 夫婦間の、とりわけ妻から始まった「暴力」が、この小説の中心に置かれたテーマである。舞はミスミとの関係が、「対等」でないことに苛立ち、ますますミスミを打つようになる。しかし対等とはどういうことであろう。それを言う舞の暴力は、ミスミからも暴力を「対等に」ひきだしたということか。彼らは暴力を最悪の手段だと理解しながらも、相手のなかへ生々しく侵入する手段を他に知らない。おぞましいが理解できないものでもない。それは一瞬、愛にも見え、双方を結びつける接着剤にも見える。このような関係を主導するのが、最初は経済力を握る舞に見えるのだが、やがて被虐的で優しく見えるミスミのほうが、女を操りすべての関係を歪めさせている、悪の根源かもしれないと思えてくる。
 美容院の「鏡」が、写しとった現実をそのまま跳ね返すという機能以上のものを背負わされている点も見逃せない。通常、客と美容師というのは、常に鏡を通して互いの意思を確認しあう。二者は向き合うのではなく、同じ方向を見る。視線の先で待ちかまえている鏡は、当人たちの姿のみならず、二者の関係性までも、折り返して当人につきつける。その異様さ、その不思議さ。
 舞の美容室で、客として椅子に座る希子の背後に、舞とミスミがいるという状況下、「鏡のなかで、わたしたちの視線は縫われるように交錯した」と書かれているが、単なる視線には思えない。それは肉をつけた生々しい視線である。作品内にも大きな鏡が設えられてあり、読者の脳内に映しだされるのは、常に反転する現実である。
「……どうしてなの?」という言葉を軸に、前半と後半では、舞から希子へと語り手が移る。これもまた鏡的作用である。二人はまったく違う人間なのに、同じ人間というくらいに、どこか似ている。誕生日も同じだし。誰かが誰かに「似ている」ことをめぐっては、希子が指名手配中の逃亡犯の顔に、遠藤道郎を重ねるところもあった。希子が思わなければ、繋がりようのない二人であるが、彼女の妄想の力によって、真実すらも歪められ、妄想に歩み寄りそうな気配がある。
 遠藤を逃亡犯と決めつけ話す希子に「お前、どっかおかしいんじゃないの」と道郎が言う。読者の多くも、同じことを言いたいだろう。もっとも、希子は一人で狂ったのではない。舞とミスミ、そして道郎と関わったことによって、異常の領域へと押しやられた。関係のなかで狂ったのである。
 関係の「侵入」をイメージさせる「鍵」のエピソードも重要で、三人は、互いの家の鍵を盗み合うという異常な行いを通して、互いのなかへ侵入するが、それが明るみに出ても、三者の関係は継続する。三人は、いつしか「仲間」になってしまったということか。
 破綻はすぐそこに来ているように思える。だがこれは終わりでなく、始まりなのかもしれないということが示唆される。自我が崩れ、流れだし、誰が誰なのか見分けもつかない。この無秩序な混沌を支えているのが、端正な文章と堅牢な構成である。

(こいけ・まさよ 詩人・作家)
波 2015年9月号より

インタビュー/対談/エッセイ

幻想の「繭」から脱け出すとき

青山七恵

――『繭』は一作ごとに新しい挑戦をしてきた青山さんの小説のなかでも、より踏み込んだ人間関係が描き出されていて、非常に力の入ったものになりましたが、まず最初に、どこから着想されたのですか?
 普段、自分の年齢を意識することはあまりないんですけれど、昔からの同世代の友達と話していると、選択した生き方は違っても、それぞれ十代二十代の頃とは違う不安や生きづらさを抱えているのを切実に感じるんです。友達としては話を聞くことくらいしかできませんが、小説家として、小説を通して別のかたちで助けになることもできるのではと思い、同世代の女性が読んで元気がでる小説を書きたい、と思ったのが出発点です。

――作中には、舞と希子という30代前半のふたりの女性がでてきます。美容師の舞は自分の店を開いて結婚もして、夫は仕事が続かず専業主夫として支えてくれていて、ともすれば充実した毎日のようにも見えるのですが、冒頭、舞が夫のミスミに暴力を振るう場面から始まるのに、衝撃を受けました。
 暴力による支配はどんな状況でも許しがたいことですが、ミスミはそれを逆手に取って、暴力をふるわせることによって舞を支配しています。ミスミのように、周りの人間を精神的に支配して罪悪感を持たせることで自尊心を満たそうとする人の話を聞くと本当に腹が立つのですが、小説のなかではそれを極端に描いてみようと思いました。一度この状態に陥ってしまうと、支配されているほうは自分が相手に操られていることを自覚できないから、舞のようにひたすら自分を責めてしまう。他者と深く関係しあうことは一生をかけて挑む甲斐のあることだと思いますが、程度の差はあっても、常にこの支配被支配の関係に陥る危険を孕んでいるのではと思います。

――舞は夫との対等な関係に、すごく執着しています。
 舞は「パートナーは対等であるべき」という理想をはっきりと持っています。ただ、当事者たちが納得する「対等」と社会的に正しいとされる「対等」には常に少しずれがあるのではないでしょうか。舞はどちらかといえば、後者の「対等」という言葉に引きずられているような気もします。

――希子は会社勤めをしながら、道郎という恋人が自分の部屋にやってくるのを待ち続けていて、ここではないどこかで彼と一緒に暮らすことを夢見ています。
 舞がミスミと対等な関係にならなくては、という強迫観念に取り憑かれているのと同様に、希子は、こうであってくれたら、という自分の幻想のなかの道郎に取り憑かれています。ひとりの生身の人間を愛しているわけではないのです。こういう幻想は未来に向かって人をひっぱってくれるものですが、あまりに餌をやりすぎて強固に育った幻想は、人をその場に縛りつけて内から少しずつその人を引き裂いていってしまいます。

――白いマンションのなかで営まれている舞と希子の生活を想起させる『繭』というタイトルも印象的です。
 さなぎが成虫になるあいだ繭は居心地のいい保護室になりますが、出るべきときに自力で突き破ることができないと、繭のなかで成虫は息絶えてしまう。人間にも生物としての直感で、いまこの状態を突き破らないとどこにも進めない、というときは必ずあって、『繭』はそういう突破の瞬間を同時に迎えたふたりの話なのだと思います。

――幻想と現実のあいだで、どうにも身動きがとれなくなってしまったときに出会ったふたりの話でもある。
 そうですね。そういうときを一緒に迎えることができる人がいるのは心強いと思いますが、それでも結局、それぞれの繭からは自分の力で出るしかありません。読んだ人が元気になる小説を私流に書くと、どうしてもこういう不穏なトーンの小説になってしまうんですが、舞と希子が出会って、日常の出来事のなかでちいさな変異が積み重なって、最後に大きな変異が生まれるところに、この小説の救いがあるように感じます。

――ラストに、希子が手のひらに舞の体温を感じて、その熱がひとつになって世界を溶かしていく場面が鮮やかでした。
 著者としても、最後にようやく開放感を感じることができました。これまでもずっと対になる人間関係ばかりを書いてきましたが、だんだん対の状態すら怪しくなってきて、『繭』では最後のシーンもふくめ、舞と希子という独立したふたつの存在が、ひとつの存在をふたりで分けあっているような瞬間が何度もあった気がします。私が小説家として取り憑かれているのも、そんな予見不能な関係の変異の瞬間なのかもしれません。

(あおやま・ななえ 作家)
  波 2015年9月号より

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