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元経団連会長が明かす、世界的弦楽四重奏団の愛憎半ばする三十年。八年ぶりの最新長篇!

持ち重りする薔薇の花

丸谷才一/著

1,512円(税込)

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発売日:2011/10/27

読み仮名 モチオモリスルバラノハナ
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 202ページ
ISBN 978-4-10-320609-5
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家、ノンフィクション
定価 1,512円

カルテットというのは、四人で薔薇の花束を持つようなものだな。面倒だぞ、厄介だぞ、持ちにくいぞ――。互いの妻との恋愛あり、嫉妬あり、裏切りあり。それでも奏でられる音楽は、こんなにも深く、美しい! 財界の重鎮が語る、世界的カルテットとの知られざる交友。人生の味わいを細密なディテールで描き尽くす、待望の最新長篇。

著者プロフィール

丸谷才一 マルヤ・サイイチ

(1925-2012)1925年山形県鶴岡市生れ。東京大学文学部英文科卒。1967年『笹まくら』で河出文化賞、1968年『年の残り』で芥川賞を受賞。小説、評論、エッセイ、翻訳と幅広い文筆活動を展開。『たった一人の反乱』(谷崎潤一郎賞)『裏声で歌へ君が代』『後鳥羽院』(読売文学賞)『忠臣蔵とは何か』(野間文芸賞)『輝く日の宮』(泉鏡花文学賞)『持ち重りする薔薇の花』など著書多数。訳書にジョイス『若い藝術家の肖像』(読売文学賞)など。2011年文化勲章受章。2012年没。

インタビュー/対談/エッセイ

波 2011年11月号より 【丸谷才一『持ち重りする薔薇の花』刊行記念インタビュー】 カルテットの四人で花束を持つと……。(聞き手・湯川 豊)

丸谷才一

不倫あり、嫉妬あり、裏切りあり――。元経団連会長が語る、世界的弦楽四重奏団の愛憎半ばする30年。丸谷才一氏、8年ぶりの新作長篇小説がいよいよ刊行になります。小説を読むよろこびに満ちたこの作品をめぐって、お話をうかがいました。

  なぜカルテットなのか

――丸谷さんの新作長篇『持ち重りする薔薇の花』は、話題にしたいいくつかの特徴がありますが、まず第一には、扱われているのがカルテット、弦楽四重奏団であることですね。音楽家を真正面から、しかも集団で描くというのは、とりわけ日本ではめったにないことだと思います。その意図をまずうかがいたいのです。
丸谷 小説家という職業について考えてみたんですよ。小説家が他の職業ともっとも違うところはどこか。それはいやな相手とつきあう必要がないということじゃないか。ふつうの職業では、仕事に愛着や執着があっても、同僚というのが非常に大きな問題らしい。ところが小説家には同僚がいない。まったく一人きりの職業。運がいいというのか、孤独だというのか、とにかくめずらしい商売なんです。
日本の小説家が書く小説が、どうしてあんなに社会性がなくなるのか、理由の一つはそこにあると思うんです。社会と関係のない自己探求なるものにのめりこんだ。まあ、同僚がいないのはいっぽうで寂しいから、文壇というものを無理矢理に自分たちでつくりあげたんですが、これは社会の原風景にはならない、特殊な共同体というものでした。
そして小説では、何をやって暮らしを立てているのかわからない主人公を描いた。谷崎潤一郎も吉行淳之介もその手で書きました。それじゃあダメなんで、作中人物はきちんとした職業をもたなければいけないというのが、初めから僕の基本方針だったのです。
――『笹まくら』の主人公は砂絵師という変わった職業で、縁日なんかでの仕事ぶりの細部がきちんと書かれていました。このあいだ池澤夏樹さんがどこかのインタビューで、日本では丸谷さんによって職業生活を書く小説が始まったと語っていましたが、なるほどそうかと思いました。
丸谷 社会生活では、職業のなかで同僚を強く意識する。いやだからといって、仕事をやめるわけにはいかない縛りがある。それが典型的にあるような職業は何だろうと長いこと考えていて、「あっ、カルテットのメンバーにすればいいわけだ」と思いついたんです。もちろん以前から室内楽が好きでしたけどね。
――たしかに、四重奏団は一人でもやめたら成立しない。しかし、そういう縛りは、いわゆる日本の会社社会にも厳然としてあるもので、だから四重奏団のなかに社会の原型があるわけですね。
丸谷 僕が小説を書く基本的な姿勢の一つは、近代日本文学への批判にありました。近代日本社会が間違っているのと同じように、近代日本文学は間違っていて、その原因を探求するのが自分の主題だという気持だったんです。いろんな方向から探求してみたが、空間的にいえば、日本の小説には社会がないということだった。
時間的にいえば、時間の捉え方が単純すぎて、ご都合主義的。僕はやはりモダニズム文学の徒だから、ジョイスの時間、プルーストの時間が頭にこびりついているわけです。そして『源氏物語』的な時間を参考にしながら書いたりして、人間的時間の実態を小説のなかで探っていきたいと考えました。

  四人のゴタゴタ

――この小説は、元経団連会長で、財界総理と呼ばれた実業界のトップが、カルテットの成立から彼らとのつきあいを語る、という語り方です。その語り手と語り口が、時間を複雑に交錯させているようです。カルテットと引退した財界トップという組み合わせが絶妙ですね。
丸谷 カルテットは、アメリカに行っている日本の音楽家たちの話でしょう。彼らを立体的につかまえるためには、別の職業の視点が必要で、財界人でいくことにした。そしてそういう取り合わせなら、いっそ財界のトップにしよう。『女ざかり』のときに、首相を出して、首相官邸を出したら、みんながおもしろがってくれた、という経験があって、しかし、これも日本の小説ではあまりやらないことですね。
――それで大枠ができた。そこで語られるのは、実業家・梶井自身の遍歴を背後に置きながら、カルテットの四人のゴタゴタですね。同僚であるけれど、反発したり、仲直りしたり。基本的にはあまり仲が良くはない。それに四人の妻やら元妻が絡んでくるという話になります。そこでかなりきわどい、エロティックな場面が出てきます。声が主役になって。
丸谷 (笑)音楽家は耳がいいからね。声色を使うのなんかはお手のものなんですよ。有名歌手が声色を使って打ち明け話をするというあの種のゴシップは、僕が桐朋学園の英語教師だった五十年も前、耳にしたことなんです。それで梶井が四人と知りあったばかりのところで、四人が歌舞伎の声色をやる場面をつくってみました。伏線として。
――それともう一つ興味深かったのは、四人の経済問題が克明に書かれていることでした。第一ヴァイオリン・厨川の再婚、そして家庭内別居という事態のなかに、金銭が深く絡んで、ロマンティックなものにならない。この金銭問題も、社会性につながっています。
丸谷 そこのところは、意識的に書いたつもり。カルテットの四人は、演奏会などによる収入は、まったく同じというのが条件なんです。だから問題になるのはパートナーの収入でしてね。いまは共稼ぎが多いから、パートナーの収入の差で、それぞれの生活状態が大きく違ってくる。
女の知的な職業で、高額な収入になるのは何だろうと、アメリカの事情に詳しい人に尋ねたら、吸収合併業者、M&Aだという。あれは女性がたくさんやってるし、成功報酬はとびぬけている。日本の女性にとっては、あるいは男性にとっても、おとぎ話みたいなものかも知れませんが(笑)。あ、誤解を避けるため一こと申しあげておきますが、この小説、モデル小説じゃありませんよ。カルテットの四人も、元経団連会長も、ジャーナリストも、モデルはいません。僕の小説は一体に全部フィクションなんです。

  明るさとユーモア

――ところで、「ブルー・フジ・クヮルテット」の結成は七〇年代末、日本の高度成長期まっさかりで、そういう時代背景もあってジュリアード音楽院に日本人四人の俊英演奏家が留学していたという感じです。
丸谷 あれは桐朋学園および齋藤秀雄のすばらしい功績ですね。全世界的に弦のプレーヤーが必要になって、その需要にぴったりあわせるかたちで、桐朋と齋藤秀雄がすぐれた演奏家を供給した。量産した、といってもいいぐらい。あの時代をいろどった、すごい現象の一つですね。
――時代だけでなく、登場人物それぞれの性格からしても、外に発展していくエネルギーが物語のなかにある、とも思います、もちろん、梶井という、財界トップにもあるようです。もっとも梶井という人物は、必ずしも順調な人生をたどっているわけじゃない。梶井の家庭生活には不幸の影が強く射しているし、カルテットの四人もむろん平穏無事ではない。にもかかわらず、作品のトーンは明るくて、読後感としては、生きているのはいいことだなあ、と思わせてくれました。
丸谷 僕の小説は、あまり辛い話は書かない、書いても、わりと明るく話がすすむ。サイデンステッカーが「人のいい感じがする小説だ。トロロップと似ている」といってくれたことがあるけれど。トロロップというのはイギリス一九世紀の大流行作家です。まだ翻訳はないんじゃないかな。
――それはユーモアが小説の随所に見られることとも関係がありますね。ピアノ四重奏というのは、ステージの上にピアノが四台並ぶのだと思っている社長がいて、梶井が当惑する、とか。
また、人生の時間は、梶井のような年齢に達すると、螺旋状をなしていて、直線的に流れない。記憶というのがそういうものかも知れませんが、それがみごとに出ていると思いました。

丸谷 そのへんの感じ、出てますか(笑)。これは一つには僕自身が年をとって、意識的にというより、自然に書くとそうなっちゃうんですね。そういう長い体験の総和として、人生は寂しいもんじゃない、寂しいといえば寂しいが、しかしそんなこと、口にしても仕方がない、とでもいうのかな。
――そういう丸谷さんの思いは、小説の結末にいたって、読み手のなかにすっと忍びこんでくるような感じがしました。ありがとうございました。

判型違い(文庫)

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