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たんぽぽ団地

重松清/著

1,760円(税込)

発売日:2015/12/22

  • 書籍

昭和の子どもたちの人生は、やり直せる。新たなるメッセージが溢れる最新長編。

元子役の映画監督・小松亘氏は週刊誌のインタビューで、かつて主人公として出演したドラマのロケ地だった団地の取り壊しと、団地に最後の一花を咲かせるため「たんぽぽプロジェクト」が立ち上がったことを知る。その代表者は初恋の相手、成瀬由美子だった……。少年ドラマ、ガリ版、片思い――あの頃を信じる思いが、奇跡を起こす。

目次
 プロローグ
1 団地坂の再会
2 夢の中でクランクイン?
3 徹夫さんと昭子さんとワタルくん
4 ワガママ姫、登場
5 ようこそ、8号棟へ
6 おじいちゃん
7 ナルチョさん
8 純平の秘密
9 チコさんの悔しさ
10 帰ってきたワタルくん
11 一九七三年の夏休み
12 幻の続編を探せ!
13 映画には悪役も必要だ
14 勇気を出して
15 再会
16 たんぽぽの綿毛
17 バイバイ
 エピローグ

書誌情報

読み仮名 タンポポダンチ
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 368ページ
ISBN 978-4-10-407514-0
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,760円

インタビュー/対談/エッセイ

メイキング・オブ・たんぽぽ団地

重松清

 旧知の映画監督から「仕事を頼みたい」と連絡が来たのは、昨年の春のことだった。新作を撮る、ついてはその原作となるお話を書いてほしい、という。
 ただし、劇場公開のあてはない。予算も極端に乏しく、原作料は、一夜の飲み代にも満たなかった。同世代の腐れ縁ならではの図々しい話だ。「新潮社で本にしてもらえよ。それがブワーッと売れればいいだろ」ということになったので、いま、「」の誌面をお借りしてPRにいそしんでいる次第である。「ブ」の濁点ぐらいは売れてほしい、と切に思う。
 彼は、かつて――一九七〇年代前半は、子役として数多くの少年ドラマに出演していた。ほとんどは脇役だったが、ただ一度、主役を演じたシリーズがある。皆さんの中に覚えている方はいらっしゃるだろうか。『たんぽぽ団地の秘密』というSFっぽい設定のドラマだ。
 その後の彼は映画やドラマに出る側から撮る側に回って、三十歳前には小さな映画祭でグランプリに輝いたこともある。だが、地味な作風が災いして、最近は数年にわたって新作を撮る機会に恵まれていない。五十代も半ばにさしかかるいまは、CS放送の紀行番組や企業の広報動画といった請負仕事で、なんとか糊口を凌いでいる毎日なのだ。
 そんな彼が乾坤一擲、ひさびさにメガホンをとるのだから、古い友人としては手伝わないわけにはいかない。
 もっとも、この俺サマの奔放な想像力や雄大な構想力、緻密な細部へのこだわりを披露する余地はほとんどなかった。
「悪いけど」彼は言った。「もうタイトルもロケ地も決まってるんだ」
 タイトルは『たんぽぽ団地』。物語の舞台は、東京の某私鉄沿線にある、つぐみ台三丁目団地(仮名)。そこは、かつて彼が主演した『たんぽぽ団地の秘密』シリーズのロケ地だったのだが、もうすぐ取り壊され、高層住宅に建て替えられてしまう。すでに住民の多くは引っ越してしまった。
「でも、一九六〇年代からつづいた団地の歴史が、このまま消えてなくなるのは寂しいし、悔しいだろう? なんとかして残したいよ。たんに映像を残すだけじゃなくて、物語の舞台として、生活の実感がにじむかたちで残したいんだよ」
 そもそもは、『たんぽぽ団地の秘密』のロケの際にお世話になった住民有志が「団地のフィナーレを飾るイベントがなにかできないか」と考えているのを知って、「映画を撮りましょう!」と自ら売り込んだのだ。お金にはならない。作品としての評価も期待できない。それでも、なぜ――?
「住民有志の中に、大切なひとがいたんだ」
 同い年の、つまり、五十代のおばさん。
「でも、昔はすごくかわいくて、『たんぽぽ団地の秘密』にもエキストラで出てくれて、一緒にお芝居をしてるうちに、仲良くなって……初恋で……たぶん両思いで……」
 ふざけた話である。
 さらに彼は、キャスティングまですでに終えていた。
「予算のこともあるから、基本的には素人サンを使うんだけど、一人、どうしても使いたい子役の女の子がいるんだ」
 その子の名前を聞いた瞬間、思わず顔をしかめてしまった。各方面への差し障りがあるので実名は控えておくが、大変に評判の悪い少女である。何年か前にCMやバラエティ番組で人気を集めたものの、態度の悪さやワガママな性格がマスコミやネットで暴かれ、激しいバッシングを浴びて、表舞台から消えてしまった――と書けば、もしかしたら「ああ、あの子だな」と勘づくひともおられるだろうか。
 とにかく、彼女を重要な役につけることが、原作のお話の絶対条件となってしまったのだ。昨年の夏、彼女と初めての顔合わせをした。さんざんムッとしたし、新聞沙汰になりかねないトラブルもあった。しかし、いまにして思えば、その日のゴタゴタこそが、『たんぽぽ団地』の書かれざるプロローグになってくれたのだろう……。
 以上の話は全部嘘ですが、そんな嘘がマコトになるお話を書きました。よかったら読んでください。怒ったひとも読んでみてください。そうすれば、僕がなぜこんな嘘をついたかわかります。マッチの炎の、ささやかな炎上商法でした。

(しげまつ・きよし 作家)
波 2016年1月号より

著者プロフィール

重松清

シゲマツ・キヨシ

1963(昭和38)年、岡山県生れ。出版社勤務を経て執筆活動に入る。1991(平成3)年『ビフォア・ラン』でデビュー。1999年『ナイフ』で坪田譲治文学賞、同年『エイジ』で山本周五郎賞を受賞。2001年『ビタミンF』で直木賞、2010年『十字架』で吉川英治文学賞、2014年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞を受賞。現代の家族を描くことを大きなテーマとし、話題作を次々に発表している。著書は他に、『流星ワゴン』『疾走』『その日のまえに』『きみの友だち』『カシオペアの丘で』『青い鳥』『くちぶえ番長』『せんせい。』『とんび』『ステップ』『かあちゃん』『ポニーテール』『また次の春へ』『赤ヘル1975』『一人っ子同盟』『どんまい』『木曜日の子ども』『ひこばえ』『ハレルヤ!』『おくることば』など多数。

判型違い(文庫)

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