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『孔雀船』一冊を残して明治の詩壇から消えた漂泊の詩人清白の生涯。

  • 受賞第54回 芸術選奨文部科学大臣賞

伊良子清白(二冊セット)

平出隆/著

6,480円(税込)

本の仕様

発売日:2003/10/30

読み仮名 イラコセイハク
発行形態 書籍
判型 A5判
頁数 380ページ
ISBN 978-4-10-463201-5
C-CODE 0095
定価 6,480円

北原白秋らと同時代に生まれ、将来を嘱望された詩人伊良子清白は明治39年、自ら精選した18篇を編んだ詩集『孔雀船』一冊を残して詩壇から消えた。その驚くほど美しく張りつめた詩に強く惹かれてきた著者が、捨てられた詩篇の数々と膨大な日記を読み解き、漂泊した地を訪ね歩いて、苛烈な生涯を描く。二十年かけて完成した渾身の評伝。

著者プロフィール

平出隆 ヒライデ・タカシ

1950年福岡県生まれ。一橋大学社会学部卒。詩人・小説家。多摩美術大学教授。1984年『胡桃の戦意のために』で芸術選奨文部大臣新人賞、1994年『左手日記例言』で読売文学賞、2002年、初めての小説『猫の客』で木山捷平文学賞、『ベルリンの瞬間』でJTB紀行文学大賞を受賞。著書に『旅籠屋』『家の緑閃光』『若い整骨師の肖像』『葉書でドナルド・エヴァンズに』等がある。

書評

波 2003年11月号より 伊良子清白の新生  平出隆『伊良子清白』

菅野昭正

 たった十八篇を収めただけの小さな詩集『孔雀船』は、大きな不幸と幸に縄のようにあざなわれてきた。
まず最初の不幸は、明治三九年(一九○六年)、はじめて世に送りだされたとき、その船出が題名のような華やかさには恵まれなかったことである。文語定型詩の旧から口語自由詩の新へ移動しはじめていた明治末期の詩の世界で、小さな詩集は忘却の海に沈められたにひとしかった。それからほぼ二十年後、あの気難しい日夏耿之介が「泣菫、有明に次ぐ個性あるスタイルの保持者」の名を熱烈に呼びかえす。それが幸いして、伊良子清白の名が多少は思いだされることになる。さらに十五年ほど経って、『孔雀船』が岩波文庫の一冊に加えられたのも、日夏耿之介による再発見の余勢のようなものだったかもしれない(私がはじめて読んだのもこの文庫版だった)。「漂泊」や「安乗の稚児」のようなアンソロジー・ピースは、こうしてそんなに数多くはないものの、熱心な読者に鍾愛される近代詩の古典の位置を占めることになる。しかし、それでもやはり、伊良子清白は日本近代詩の歴史の傍流のあまり顧られない場所に、ひっそりと孤立させられてきた。
平出隆『伊良子清白』は、忘却の海から浮かんではまた消えてゆくこの詩人の残した数々の謎を、ひとつも見落さずに緻密に探りつづけた評伝である。
詩人でも小説家でも、文学にかかわる業績で名を竹帛にとどめる人物の評伝を書くからには、やはりまずは作品からはじまらなければならない。評家が作品の何にどう動かされたのか。その起源がしっかり固められていなければ、どんなに上手に飾ってあっても、評伝は根のない切花に似たものにしかならないだろう。だが困ったことに、詩なり小説なりの微妙な性質に深入りする面倒な仕事を避けて通っても、読物ふうに面白く読める評伝が書けてしまう場合がある。それは相手の詩人なり小説家なりの、傑出ただならぬ個性の証明であるかもしれない。こうしてボードレールの詩にただの一行も触れないで、なかなか読ませるボードレール伝が出来あがったりもするのである。
幸いにして、この『伊良子清白』は、その種の擬似文学的評伝とおよそ遠いところで書かれている。『孔雀船』の主要な詩篇について、決して一様でない複雑な想像力のかたち、見かけこそ平明な、しかし鏤骨のと形容してよい磨きぬかれた詩語の特性が、先人への畏敬と評家としての冷静さとをこめた手つきで解析される。七・五でも五・七でもなく、五・五調の律格をみごとに使いこなした妙技の読解は、とりわけ説得的である。
そしてもっと大事なのは、その緻密な詩の読解がもうひとつの大きな謎と結ばれていることである――『孔雀船』を船出させたあと、伊良子清白はなぜ詩を書くのをやめたのか。若干の馴れない手つきの口語詩や短歌の作はあるけれど、しかし彼が本格的な詩人として航海に乗りだすことはなかった。書こうとしなかったのか、書こうとしたが書けなかったのか……。
評伝は終始そこに焦点をきちんとあわせている。生立ち。浪費癖はなはだしく流浪の貧しい医者だった父。そのための苦労。台湾まで赴任するなど、詩人自身の医家としての数々の転変。二度の結婚。家庭生活の波風。死の半年ほど前まで、二十四年ほど、鳥羽のはずれの集落で村医として暮らした半生。それに癇癖がつよかったらしい性格。詩人と関わりのあった土地を訪ねたり、解読におそろしく手間ひまのかかる日記をつぶさに検証したりしながら、この評伝作者は相手の生涯をすっかり見晴らすようにして、詩を放棄した謎を最後まで追いかけつづける。謎がどんなふうに解かれたか、作者の探索の手腕のほどを見さだめるのは読者の仕事である。ただひとつだけ言いたせば、これまで、文語詩から口語詩への大移動の犠牲者、という程度のことしか考えていなかった私のような読者の前で、この評伝は謎を綜合的に解く方法と演技をたしかに示してくれている。
とつぜん話が変るようだが、この評伝に登場する伊良子清白の三男岡田朴氏と、私は多少の面識を得ていた。さらにまた私事になるが、私の岳父は鳥羽で開業医をしていた。開業は戦後のことなので、同業の後進として交際する機会はなかったというが、詩人医師の人となりはいろいろ聞き知っているようだった。知られるかぎりの伊良子清白の全貌をよみがえらせたこの評伝を、今は亡き二人に読んでほしかったという思いが、読後の感想のなかにしきりに揺れうごくのである。

(かんの・あきまさ 文芸評論家)

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