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忘れたい、忘れたくない、ぼくの過去。ベルギー発、あまりにも面白い自伝的作品集。

残念な日々

ディミトリ・フェルフルスト/著、長山さき/訳

2,052円(税込)

本の仕様

発売日:2012/02/29

読み仮名 ザンネンナヒビ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 248ページ
ISBN 978-4-10-590094-6
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 2,052円

母に棄てられ始まった、父の一族とのとんでもない日々。貧しい実家にベッドを並べ、カフェに繰り出しては夜な夜なビールをあおりつづける父とその弟たち。甲斐性なしの息子どもを嘆きつつ、ひとり奮闘する愛情深い祖母。ベルギー、オランダでベストセラー。フランダース文学界の俊英による、笑いと涙にみちた自伝的物語。

著者プロフィール

ディミトリ・フェルフルスト Verhulst,Dimitri

1972年、ベルギーのオランダ語圏、フランダース生まれ。父母の離婚により父方の実家で少年時代を過ごす。大学のゲルマン語学科に進むがほどなく退学。ピザの宅配、市役所職員などのかたわら創作にとりくむ。1999年「隣の部屋」でデビュー。以後、毎年新作を発表。2006年刊行の『残念な日々』は、自身の子ども時代に材をとった連作短篇集。ベルギー、オランダで20万部のベストセラーとなり、金の栞賞、金のフクロウ文学賞読者賞、高校生によるインクトアープ賞を受賞。映画化され、カンヌ映画祭で芸術・実験映画賞を受賞している。2008年「くそったれな地上のくそったれな日々」刊行。オランダの権威あるリブリス文学賞を受賞。

長山さき ナガヤマ・サキ

1963年神戸生まれ。芦屋で育つ。関西学院大学大学院修士課程修了。文化人類学を学ぶ。1987年、オランダ政府奨学生としてライデン大学に留学。以後オランダに暮らし、現在アムステルダム在住。訳書にトーン・テレヘン『だれも死なない』、ハリー・ムリシュ『天国の発見』『過程』、ヘールト・マック『ヨーロッパの100年』、ディミトリ・フェルフルスト『残念な日々』、ウィレム・ユーケス『よい旅を』、マリット・テルンクヴィスト他『おねえちゃんにあった夜』ほか。

書評

波 2012年3月号より 奇天烈でナイーブ

豊崎由美

トイレのドアを開けたまま大便をする。朝食は安上がりで簡単だからと、生のミンチを素手でつかんで食べる。そのせいで、おなかに虫が湧いても何の処置もしない。おならやゲップはし放題。酔っ払ってがなりたてるのは「陰部の歌」。毎晩のように幸福と不幸の区別がつかなくなるレベルまで酒を飲み、子どもにまでビールを大盤振る舞い。たび重なる警察や財産差し押え人の訪問も、蛙の面にションベン。嗚呼、なんて不潔でがさつで怠け者なフェルフルスト家の男ども!
ベルギー北部、フランダース(フランドル)地方の新進作家、ディミトリ・フェルフルストによる連作短篇集は、残念な人の残念な人による残念な人々のための残念な日々の物語だ。語り手は、母親が家を出て行ったせいで、レートフェールデヘム村にある父親の実家で気丈な祖母と三人のだらしのない叔父と共に生活している〈ぼく〉。ここには、作者の分身たる〈ぼく〉の、幼年期から作家になった現在に至るまでの経験が、一ダースの物語になって収められている。
その美しさで、村の男たちの永遠の憧れとして君臨し続ける、都会で裕福な暮らしを送っていたロージー叔母が、浮気と暴力を繰り返す夫から逃れ、ひとり娘と共に実家に帰ってきた顛末を綴った「美しい子ども」。生んだばかりの赤ん坊を池で何度も溺死させたという噂がある老婆と、彼女に飼われている凶暴な犬をめぐる話「赤ん坊の沈む池」。村一番の大酒飲みの称号を持つ兄ヘルマンを超えるため、正気の沙汰とも思えぬ酒飲み競技を開催した、〈ぼく〉と一番年の近い叔父にあたるポトレルの阿呆ぶりが可笑しい「ツール・ド・フランス」。ギャンブル狂のズワーレン叔父の借金のせいでテレビを差し押さえられたフェルフルスト家の男どもが、大好きな歌手の復帰ライブを見るために、村で唯一のイラン人である夫妻の家に押しかける話「オンリー・ザ・ロンリー」。〈ぼく〉の父に会いたいと家を訪れた美女を前に、色めきだつ三人の叔父の破廉恥ぶりが情けない「父の新しい恋人」。難産のせいで尿道が壊れ、時と場所をかまわず排尿する権利を示す小便許可証を肌身離さなかった母親に対し、〈ぼく〉が抱いている屈託を描いた「母について」。アルコール依存症を治すために、自らクリニックに入ることを決断する父のエピソード「巡礼者」。
前半におかれた七篇で生き生きと描かれている、フェルフルスト家の男どもの「残念」がもたらす笑いは、バカバカしかったり、アイロニーやペーソスをまとっていたりと、さまざまなニュアンスを含んで多彩だ。でも、読みながら何度も「マジですか」と呟いてしまったほど奇天烈な、そうしたエピソードの後景には、意外なまでにナイーブな表情の少年が、ぶっきらぼうに突っ立っている。
思春期までは愛する父や三人の叔父と同じように、だらしなくて、無教養で、貧しくて、そのことに誇りを抱いていたはずなのに、いざ家を出る機会を得るや村とは疎遠になってしまった自分。作家になり、都会でまずまず豊かな生活を送り、離婚した女性との間にできた息子には、飲んだくれで非常識な叔父の真似をしてほしくないと思ってしまう自分。そのくせ、村に伝わる「酔っ払いの歌」を文化遺産として録音したいと申し出てきた民俗学の教授に対しては、〈ぼくはひどい話だと思った。(略)かつてぼくたちとともにテーブルを囲んだ民俗学者がいただろうか? うちの残飯をいっしょに素手で食べたことがあっただろうか? カフェで酔いがまわり、音楽に乗って、ビリヤード台の前でぼくたちと尻を出して踊ったことがあっただろうか? ぼくたちの文化の宝庫である庶民のカフェで誰かを殴らねばならないときに、彼らが助っ人に来てくれたことがあっただろうか? (略)かつてぼくたちといっしょに酔っ払いの歌を歌った教授が一人でもいただろうか? 研究のためにとかそういうことではなくて、純粋なる楽しみとして〉と、反感を隠さない。でも、今や自分だってそんな学者連中と大差ないくらい、故郷の村から遠く離れてしまったこともわかっているのだ。
少年の頃の自分と、現在の自分。その間でひき裂かれる心の痛みを描いて、この連作短篇集は騒々しい出だしがうそのように、少しずつ少しずつ、読者を静かな内省の淵へといざなう。フランダースにいるのは忠犬ばかりじゃない。ベルギー人とベルギー文学の意外な貌を見せて豊かなこの一冊は、わたしにとって、みじんも「残念」なところのない熱烈推薦級の傑作なのである。

(とよざき・ゆみ 書評家)

目次

美しい子ども
赤ん坊の沈む池
ツール・ド・フランス
オンリー・ザ・ロンリー
父の新しい恋人
母について
巡礼者
収集家
回復者
後継者の誕生
民俗学者の研究対象
あの子の叔父
訳者あとがき

まとめテーマでくくる 本選びのヒント

短評

▼Toyozaki Yumi 豊崎由美
トイレのドアを開けたまま大便。朝食は素手でつかんで食べる生のミンチ。おならやゲップはし放題。酔っ払ってがなりたてるのは「陰部の歌」。毎晩のように幸福と不幸の区別がつかなくなるレベルまで酒を飲み、子供にまでビールを大盤振る舞い。たび重なる警察や財産差し押え人の訪問も、蛙の面にションベン。嗚呼、なんて不潔でがさつで怠け者なフェルフルスト家の男ども!
 これは、残念な人々の残念な人による残念な日々の記憶の物語です。でも、その「残念」がもたらすアイロニーやペーソスをまとった笑いや、アホなエピソードの後ろでぶっきらぼうに突っ立っている詩情は、残念どころか大満足。
 フランダースにいるのは忠犬ばかりじゃない。ベルギー人とベルギー文学の意外な貌を見せて豊かな、これは、わたしにとって熱烈推薦級の傑作です。

Noordhollands Dagblad ノールトホランス・ダッハブラット紙
『残念な日々』はわたしたちが文学に求めるもの――読書の楽しさ、実際には答えの存在しない疑問、作家が呼び起こす世界へのほとんどノスタルジックなまでの憧憬――をまるごとぜんぶ与えてくれる。

De Groene Amsterdammer デ・フルーネ・アムステルダマー誌
フェルフルストは少年のような大胆さのうしろに悲劇を隠している。

De Volkskrant デ・フォルクスクラント紙
フェルフルストはまるで背教者のようだ。そこにある〈分裂〉こそが本書の核心である。だからこそ読者にとってこの物語が、身に覚えのある話となるのだ。

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