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人生の岐路を描いた7つの物語。父譲りの短篇の名手による、鮮やかな初作品集!

煉瓦を運ぶ

アレクサンダー・マクラウド/著、小竹由美子/訳

2,052円(税込)

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発売日:2016/05/31

読み仮名 レンガヲハコブ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 282ページ
ISBN 978-4-10-590127-1
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品
定価 2,052円

親友のランナーがゴール前で見せた、奇跡の追い上げ。和やかな送別会から突如勃発する乱闘騒ぎ。トラウマを乗り越えるため参加した水泳教室での、予期せぬ出来事。廃れゆく自動車産業の街で生きる、ひとりの労働者。人生は、驚くべき瞬間に満ちている――。故アリステア・マクラウドの血を継ぐ新鋭、瞠目のデビュー短篇集。

著者プロフィール

アレクサンダー・マクラウド MacLeod,Alexander

カナダ・ノヴァスコシア州ケープ・ブレトン島に生まれ、オンタリオ州ウィンザーで育つ。父親は『彼方なる歌に耳を澄ませよ』などで知られる、作家アリステア・マクラウド。ウィンザー大学卒業後、ノートルダム大学、マギル大学でも学位を取得し、ハリファックスのセント・メアリーズ大学で教鞭を執る。教職の傍ら短篇を書きため、2010年に『煉瓦を運ぶ(原題 Light Lifting)』を刊行。ギラー賞、フランク・オコナー国際短篇賞の最終候補にノミネートされ、グローブ・アンド・メール紙ほかで「今年の本」に選ばれるなど、注目を集める。2016年5月現在ノヴァスコシア州ダートマス在住。

小竹由美子 コタケ・ユミコ

1954年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。訳書にアリス・マンロー『イラクサ』『林檎の木の下で』『小説のように』『ディア・ライフ』『善き女の愛』、アレクサンダー・マクラウド『煉瓦を運ぶ』ほか多数、共訳にジュリー・オオツカ『屋根裏の仏さま』。

書評

身体性をめぐる七つの変奏

佐伯一麦

 アレクサンダー・マクラウド。初めて名前を知った作家だが、その作品世界は私の身体に深く痕跡をとどめた。
 表題作「煉瓦を運ぶ」の原題は「ライトリフティング」で、「軽いものを持ち上げる」という意味。その短篇の作中にはこうある。〈どんな子でも、一回か二回でいいなら百ポンドの重量を持ち上げることができる。ところが、本当にこたえるのは、軽いものを持ち上げることなのだ。たぶんたったの三十ポンドくらいで、ゆっくりと始まる。ところがそれが一日じゅう続くと、職場を去ったあとも腕や脚にダメージが残っている。ああいう持ち上げる作業をしていると、まず膝をやられ、それから肩と首をやられる〉
 作家専業となる前に肉体労働をしていた私にとっても、よく頷かされることである。百ポンドはおよそ四十五キロだから、五十キロの袋詰めセメント袋のずっしりとくる重さを(現在は、労働者の負担を軽減するために二十五キロになっている)、三十ポンド(約十三・五キロ)は、花壇に使うような普通の煉瓦が二・五キロなので、それを五、六個重ね持つことを想像した。そして、よほど重いものは、腰を落として慎重に持ち上げるが、それほどの重さではないときに前屈みになってから身体を起こすことを習慣的に繰り返した後にじわじわと襲ってくるダメージが蘇るようだった。農作業を長く続けて腰の曲がったままの老人を思い起こせばわかるだろうか。
 強い陽射しの下、現場で煉瓦を敷いていく職人である主人公は、新入りのハイスクールのアルバイトが日焼け止めのローションを使おうとするのを見て、自分ならそんなことはしない、と注意する。手にオイルがついていると煉瓦をうまく扱えないばかりか、浸み込んで手を台無しにする、やわになるという。
 本書を読む前に、ちょうど私は、島崎藤村の随筆集を再読していたところだった。そこにもこんな言葉があった。〈ほんとうの百姓というものは下手に土をいじらないものと聞く。/(略)むやみと土をいじるのは素人で、ほんとうの百姓は下手に手を触れることをしない。そんなことをしようものなら手が荒れてしまって、到底長い耕作に堪えられるものではないという。素人は土を見ると直ぐに手を使いたがる。百姓は手を大事にして、鍬や鋤を働かせる。/ほんとうの百姓のみが土の恐ろしさを知っているのだ〉(「土」)
 どうだろう。和洋、世代を超えて、今どき珍しく、労働が求める繊細な身体の深所から発せられる共通した声に触れた思いがして、私はすっかり嬉しくなった。
 本書に収められた七篇とも、年齢も、性別も、状況も異なる主人公たちは皆、自身を外側から見つめるまなざしを持ち、身体を通した感覚を拠り所として冷静に思考するのが特徴的で、さしずめ身体性をめぐる七つの変奏、といった趣がある。千五百メートル走を走る(「ミラクル・マイル」)。シラミの卵を探す(「親ってものは」)。煉瓦を持ち運ぶ(「煉瓦を運ぶ」)。溺れかけた者が泳げるようになる(「成人初心者Ⅰ」)。自転車を漕ぐ(「ループ」)。とっくみあいをする(「良い子たち」)。交通事故経験者が国道を歩く(「三号線」)。
 それらの行動に駆使される筋肉も繊細であり、マッチョに盛り上がった力瘤や、短距離走のような瞬発力に必要な白筋ではなく、さしずめ水泳など持久力が必要な有酸素運動に適した赤筋によってとらえられた世界がよく描かれていると言えるだろう。そして、カタストロフィーの一歩手前でとどまり暗示させる作風が、短篇の緊張度を最後まで保つことを成功させている。さらに、作品に共通する舞台であるカナダの斜陽化する自動車工業都市ウィンザーの街――合衆国のデトロイトとは橋、河底トンネルで結ばれ、大気汚染も問題となっている――までが、身体性を帯びて息づいているかのようだ。
 集中、私がもっとも好ましく読んだのが「ループ」だった。自転車で医薬品を配達している少年が雪道ですべる。その彼が訪れる介護施設では〈つるつるするのは許されない〉という記述にはっとさせられ、ひどい褥瘡を目にしたり、乳房の嚢腫を診て欲しい、と頼まれたり、小児性愛者だと噂されているヘルニア持ちの裸同然の男に接することで、一足先に大人の世界を垣間見せられる少年と握手を交わしたい思いとなった。

(さえき・かずみ 作家)
波 2016年6月号より

目次

ミラクル・マイル
親ってものは
煉瓦を運ぶ
成人初心者I
ループ
良い子たち
三号線
謝辞
訳者あとがき

短評

▼Saeki Kazumi 佐伯一麦
中距離を走る。煉瓦を運ぶ。自転車を漕ぐ。ダイビングし、泳ぐ。ひたすら歩く……。それらの行動に駆使される筋肉の、何と繊細であることか。盛り上がった力瘤ではなく、さしずめ有酸素運動に適した赤筋。アレクサンダー・マクラウドが描き出す、年齢も、性別も、状況も異なる主人公たちは皆、自身を外側から見つめるまなざしを持ち、身体で冷静に思考する。そこに生まれる、行動と人生についての独特な省察。作品に共通する舞台であるカナダの斜陽化する工業都市ウィンザーの街までが、身体性を帯びて息づいているかのようだ。

▼Colm Toibin コルム・トビーン
アレクサンダー・マクラウドの文章のリズムは完璧で、なんの努力もしていないように思えるほどだ。これらの短篇には、めったに見られない誠実さがある。

▼Ali Smith アリ・スミス
豊饒なまでの緊張感を湛えながら、なぜか美しいとさえ言える不穏な語り口で闇を巧みに進んでいく本書は、短篇という形式の達人である著者による、迫力に満ちた処女作品集である。

▼The Economist エコノミスト
本書の基盤となっているのは見事な文章だ。使われている言葉は無駄がなく、簡潔で、気取らず、そして完璧なリズムがある。悲しみを湛えた作品が多いにもかかわらず、ベッドタイム・ストーリーのような心地良さで語られている。

▼The Guardian ガーディアン
なぜ、そしてどのようにして、ほんの些細なことが重大事となったりするのか、そして誰にそういうことが起こるのか、という疑問が、岩に走る鉱石層のように本書のすべての物語に流れている。

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