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兵士の見た過酷な戦場と、祖国アメリカに溢れる愚かな狂騒。全米批評家協会賞受賞作。

ビリー・リンの永遠の一日

ベン・ファウンテン/著、上岡伸雄/訳

2,484円(税込)

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発売日:2017/01/31

読み仮名 ビリーリンノエイエンノイチニチ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 412ページ
ISBN 978-4-10-590134-9
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品
定価 2,484円

中東での戦闘を生き延び一時帰還した8人の兵士。彼らは戦意昂揚のための催しに駆り出され、巨大スタジアムで芸能人と並んでスポットライトを浴びる。時折甦る生々しい戦場の記憶と、政治やメディアの煽る滑稽な狂騒の、その途方もない隔絶。テロと戦争の絶えない21世紀のアメリカの姿を、19歳の兵士の視点で描く感動的長篇。

著者プロフィール

ベン・ファウンテン Fountain,Ben

1958年ノースカロライナ州生まれ。ノースカロライナ大学チャペルヒル校で英文学を学んだ後、デューク大学で法学を学ぶ。卒業後しばらくはテキサス州ダラスで弁護士として働くが、1988年に専業作家となる。2006年刊行の初短篇集『チェ・ゲバラとの短い遭遇』でPEN/へミングウェイ賞を、2012年に初長篇となる『ビリー・リンの永遠の一日』で全米批評家協会賞を受賞。『ビリー・リンの永遠の一日』はアン・リー監督により2016年に映画化された。2017年1月現在、家族とともにダラス在住。

上岡伸雄 カミオカ・ノブオ

1958年、東京生まれ。学習院大学文学部教授。訳書にドン・デリーロ『墜ちてゆく男』、フィル・クレイ『一時帰還』、ハーパー・リー『さあ、見張りを立てよ』、ジョン・ル・カレ『われらが背きし者』(共訳)、グレアム・グリーン『情事の終り』など多数。著書に『テロと文学 9・11後のアメリカと世界』など。

書評

テキサススタジアムでイラク戦争を。

加藤典洋

 戦争勃発からほぼ一〇年、ようやく現れたイラク戦争の小説である。訳者の上岡伸雄によると、この戦争とそれまでの戦争の違いは、生死をかけた凄惨な戦場から豪奢とセックスとポップカルチャーにまみれた本国までが「ほんの数時間」の飛行機での旅でつながるようになったこと、また、徴兵制がなくなり、国内に貧富の差が拡大した結果、入隊を志願する兵士と大学に進む中間層のあいだに、これまでになく階級差が露骨になった点だという。(『テロと文学 9.11後のアメリカと世界』)
「戦争」と「平和」がここまで一人の個人の中で隣接してしまうと、かつては人間の問題、つまり思想の問題として現れたことが、人間の壊れの問題、つまり精神的危機の問題として現れるようになる。またここまで学歴差が戦争に持ちこまれてしまうと、これまでのように帰還者によって彼の経験した戦争が書かれるという機会が、ぐっと少なくなる。
 この小説の作者、ベン・ファウンテンは、一九五八年生まれ。弁護士出身であり、戦争は経験していない。二〇〇四年、あるアメフトの感謝祭の試合をテレビで観戦中、彼はハーフタイムショーでイラクからの帰還兵の一団がフィールドを行進しているのを見たような気がして、そのとき、大丈夫か? これは彼らの頭にどう作用するのか? どうして気が狂わずにいられるのか? と考えた。中東に派遣され、日々生きるか死ぬかの地獄を経験している若い兵士たちと、本国で巨万の富を動かすお偉方と、アメリカの夢の祭典――自由とセックスと札びら――とが、あるとき、一堂に会する。すると、何が起こるのか。
 この小説では、その英雄的戦闘行動により一躍全米を歓喜の渦に巻き込んだブラボー分隊の生き残り兵士八名が、イラクから呼び戻され、二週間の戦意高揚ツアーのあげく、アメフトのテキサススタジアムでのダラス・カウボーイズ対シカゴ・ベアーズ戦でのビヨンセの歌う豪奢でセクシーなハーフタイムショーの盛り上げ役にと投入される。
 主人公のビリー・リンは一九歳。大切な戦友シュルームは先の戦闘で死んでいる。この作品には二つの焦点がある。一つは彼と姉キャスリンとの電話での会話だ。彼女は交通事故で瀕死の重傷を負い、それを理由に婚約者に逃げられる。ビリーはその姉の婚約者の車をめちゃくちゃにし、減刑を得ることの条件として入隊した。姉はいう。ここまで激戦を生き抜いてきたのだから、もう戦地に戻っちゃいけない、支援グループが助けてくれる。ビリーは答える。いや、帰るよと。仲間を裏切りたくないんなら、みんなが残ればいいじゃない、誰も臆病だなんて思わない。そう聡明な姉が返すと、彼はいう。そういう問題じゃないんだと。私のせいで軍隊に入ったんだから。彼女は泣き崩れる。いや、そうじゃないんだ、これは僕が自分で選んだことなんだ。――戦場に行き、生死をくぐった者にしかわからないことがある、と戦争を経験していない作者は、主人公に考えさせる。
 またもう一つ。ビリーは、アメフトのセレブの猛者たちにロッカールームでサインをもらいながら、尋ねられる。人を殺すって、どんな感じ? ビリーは思う。それか。「難しい質問だ。まさにそこで心が苦しんでいるのだ。いつの日か、そこに教会を建てなければならない。」彼は答える。「どんな感じもしません。戦闘が続いているあいだは」。一九歳の主人公に、自分の回りに集まる人々はみな、サンタが本当にいると言い張る子供のように見える。
 話は彼らの映画を作り金儲けしようとするアメフトのオーナーとブラボー分隊の上官ダイム軍曹の対決へとハリウッド映画的に進み、ビリーとチアリーダーの女の子フェゾンとのセックスと恋の物語もからむ。じっさい、この小説は名匠アン・リー監督の手で映画化されてもいる。少し「面白すぎる」。しかし「にがく」もある。
 なぜこんな理不尽な戦争をアメリカは続けるのか。なぜ、ブッシュ、またなぜ、トランプなのか。誰もがいつまでもあの「アメリカの夢」から醒めることができないから、というのがこの小説の書き手の考えである。主人公ビリー・リンもこの夢のなかにいる。夢の中にいて彼は苦しんでいる。しかし、夢から出られない。そのまま彼を「戦争に向かう」リムジンに乗せ、この小説を終わらせているところに、この作家の力がよく現れている。

(かとう・のりひろ 文芸評論家)
波 2017年2月号より

短評

▼Kato Norihiro 加藤典洋
イラク戦争版『キャッチ=22』と称されるこの小説は、面白い。面白すぎるかもしれない。主人公は19歳。彼の所属するブラボー分隊の生き残りは、全米のヒーローで、戦意高揚のためイラクから一時帰国し、アメフトのハーフタイムショーに駆り出される。歌うのはビヨンセ。空には花火。二日後には戦場に戻るのに、ステージではゴージャスな平和がふり立てたお尻を戦争の悲惨な下腹部に押しつけてくる。作者は戦争を経験していない。そのことを賭け金に、現代の「平和と隣り合わせ」の戦争の真実を問おうとする。そこにこの小説の真価がある。

▼The New York Times ニューヨーク・タイムズ紙
ひらめきに満ちた、痛烈な戦争小説である。たった数時間のできごとを描くうちに、読者の心をしっかりと掴んで強力に挑発する。階級、特権、権力、政治、性、ビジネス、そして戦場で生死を分けるもの、そのすべてがビリー・リンの不思議な一日の体験の中に示されている。

▼The Huffington Post ハフィントン・ポスト紙
ベン・ファウンテンは痛烈で美しい言語と鋭い洞察とを合わせ持っている。アメリカという国が持つ、スポーツ、スペクタクル、そして戦争に対する異常な執着を批判する、愉快な作品である。

▼NPR ナショナル・パブリック・ラジオ
素晴らしい初長篇。あふれるアイロニー、悲しみ、怒り、そして「認知的不協和」の実例の数々。これまでに読んだ中で、最も感動的で注目すべき作品の一つだ。

▼Madison Smartt Bell マディソン・スマート・ベル
近年まれに見る「偉大なるアメリカ小説」である。

▼The New York Times Book Review ニューヨーク・タイムズ紙ブックレビュー
素晴らしい出来映え。壮大で、親密で、喜びにあふれている。

▼The Washington Post ワシントン・ポスト紙
見事なイラク戦争版『キャッチ=22』であり、はらわたに響き渡る初長篇である。共感と怒りに満ち、野心的な構造を持つこの作品は、わずかな狂いもない完璧な声を持っている。

訳者あとがき

 二〇〇四年十一月二十五日、テキサス州アーヴィングのテキサススタジアムで行われたダラス・カウボーイズ対シカゴ・ベアーズ戦。感謝祭の試合とあって、ハーフタイムには派手なショーが繰り広げられた。ビヨンセを含むデスティニーズ・チャイルドが招かれ、大学や軍のマーチングバンドとともに行進し、歌い踊ったのである。イラク戦争によってサダム・フセイン政権が倒されたものの、まだ反米勢力の攻撃が続いていた時期。このハーフタイムショーの目的は、言うまでもなくアメリカ軍を支援し、戦争への支持を高めることだった。
 この試合はテレビで放送されたため、多くの人々の目に触れたわけだが、視聴者の一人にテキサス在住の作家、ベン・ファウンテンがいた。彼はこのハーフタイムショーを見て、「軍国主義、ポップカルチャー、アメリカの勝利主義、ソフトコア・ポルノのシュールな、そして明らかにクレイジーなごたまぜ」として感じたという。そしてマーチングバンドらと行進する兵士たちがイラクから呼び戻されたばかりのように見えたため、次のように考えた。

 これは頭にいったいどういう作用をするのだろう? 毎日生きるか死ぬかの状況に浸っていて、それからアメリカに戻り、この実に人工的な状況の真っ只中に放り込まれるなんて。言い換えれば、どうやって気が狂わずにいられるのだろう?
(『ハフィントン・ポスト』のテディ・ウェインによるインタビューより)

 こうして構想されたのが本書、『ビリー・リンの永遠の一日』(Ben Fountain, Billy Lynn’s Long Halftime Walk, 2012)である。このハーフタイムショーをクライマックスとし、そこに放り込まれた純朴な兵士の意識を描いた作品だ。もちろん、ハーフタイムショーが行われたという事実と、登場するデスティニーズ・チャイルド以外は、すべて架空の物語である。
 十九歳の青年ビリー・リンはテキサス州の田舎町出身で、労働者階級のごく平凡な家庭で育った。高校を卒業する直前、彼は姉キャスリンを裏切った男の車を叩き壊し、訴追を免れるために軍隊に入って、ブラボー分隊の一員としてイラクに送られる。
 軍隊でビリーはシュルームという知的な男と出会う。これまで学校でまともに学んでこなかったビリーだが、シュルームから読むべき本の話などを聞き、知の世界に目が開かれる。と同時に、戦争の厳しい現実も目の当たりにする。多くの兵士たちはビリーと同様に、社会に居場所がないために軍隊に入り、なぜイラクに行くのか、何をするのかもわかっていない。そうした兵士たちを戦争は行き当たりばったりに殺していく。シュルームもアル・アンサカール運河の戦闘で戦死。彼の死の光景はビリーの心に取り憑くことになる。
 ところが、アル・アンサカール運河の戦闘にはたまたまフォックスニュースの撮影クルーが居合わせ、その様子を撮影していた。フォックスと言えば名だたる保守派のメディア。この映像がアメリカで放映されることで、ビリーたちブラボー分隊の生き残り八人はアメリカで英雄視されるようになる。政府は彼らを一時的に帰国させ、各地でパレードなどを行って、戦意高揚のため利用する。ビリーは突然英雄視されることに違和感を抱かずにいられない。ハリウッドからは映画プロデューサーが来て、アル・アンサカール運河の戦闘を映画化する話をもちかけるが、この話は二転三転し、それで儲けたい者たちの思惑が次第に透けて見えてくる。
 イラクに戻される二日前の感謝祭、ビリーらはテキサス州で行われるダラス・カウボーイズの試合に呼ばれる。そのハーフタイムショーでビヨンセが歌を歌うとき、一緒にステージに上がって行進し、それを全国ネットのテレビが放送することになったのだ。試合前のレセプションでも、ビリーらは上流階級の人々の美辞麗句に居心地の悪いものを感じる。ハーフタイムショーでは花火が上がり、フラッシュライトがきらめくなか、高校や大学のマーチングバンド、バトントワラーらが行進する。軍の閲兵行進部隊が銃をくるくると回す、派手なパフォーマンスもある。続いてビヨンセらデスティニーズ・チャイルドが登場し、「ソルジャー」を歌う。その舞台に一緒に立たされ、ビリーらはただ直立しているしかない……。
 本書を傑作にしているのは、この権力者とメディアの壮大などんちゃん騒ぎを分析する作者の鋭利な目であろう。悲惨な戦闘に巻き込まれ、親友の死も目の当たりにしながら、英雄扱いされて連れ戻されたビリーたち。彼らを出迎えるアメリカ側の無神経さ、金儲け主義。それがいかに戦場の兵士たちの現実とかけ離れているか。こうしたことをたっぷりの皮肉とユーモアとともに描き、戦争自体のバカらしさをあばき出している。
 その風刺が効くのは、言うまでもなくビリー・リンや仲間の兵士たちの人間像がリアルに描かれてこそだ。おもに貧しさから軍隊に入る兵士たち。アフリカ系もいればメキシコ系もいる雑多な集団のなまの姿が、俗語や卑語だらけの台詞とともに面白可笑しく描かれていく。ビリーは鋭い知性の持ち主ながら、公立学校の授業には興味が持てなかったし、フットボールもコーチの指導が嫌で長続きしなかった。しかし軍に入ることで知の世界を知り、アメリカの現実にも批判的な目を向けるようになる。家族とは新たな絆を感じ、カウボーイズのチアリーダー、フェゾンとは真剣に愛し合うようになる。こうしたビリーの成長も読みどころである。
 訳者は9・11テロ事件とその余波を扱った英語の小説を『テロと文学 9・11後のアメリカと世界』(集英社新書)のなかで論じ、イラク戦争を扱った小説の一冊として本書を取り上げた。この新書の取材で数人の作家たちにもインタビューしたが、何人かが本書を「優れた9・11小説」の一冊として取り上げていたのも印象的だった。事実、この小説は戦争の不条理を旺盛なパロディ精神で描いたということで、イラク戦争版『キャッチ=22』と高く評価され、二〇一二年の全米批評家協会賞を受賞、全米図書賞の最終候補にも残った。BBCが選ぶ二十一世紀のベスト小説の第八位にも選ばれている。イラク戦争を描いている小説はまだ少ない。戦争が続いてしまうメカニズムと、実際に戦場に行く者たちの心情に鋭いメスを入れた本書は、いまの日本でも広く読まれてほしい作品である。
 作者のファウンテンは一九五八年生まれ。大学を卒業後、しばらくはテキサス州ダラスで弁護士として働き、四十歳を過ぎてから短編集『チェ・ゲバラとの短い遭遇』(Brief Encounters with Che Guevara, 2006)でデビューした遅咲きの作家である。ここに収められた大半の短編はコロンビア、ハイチ、ミャンマー、シエラレオネなどの発展途上国を舞台とし、アメリカ人と現地の人々との接触や、こうした国の政治的腐敗、発展途上国を蝕むアメリカの資本などに厳しい目が向けられている。同じような問題意識や分析力が『ビリー・リンの永遠の一日』で存分に発揮されていることは言うまでもない。
 なお、『ビリー・リンの永遠の一日』は、『ブロークバック・マウンテン』と『ライフ・オブ・パイ』で二度のアカデミー賞監督賞に輝くアン・リー監督によって映画化され、アメリカでは二〇一六年十一月に公開された。ビリー役は新進の俳優、ジョー・アルウィンが演じ、クリステン・スチュワート(キャスリン)、スティーヴ・マーティン(ノーム)などが脇を固めている。日本での公開は未定だそうだが、ベン・ファウンテンの独特の世界が名匠アン・リーによってどのように映像化されているのか、楽しみでならない。

 二〇一六年十二月

上岡伸雄

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