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夫に先立たれた専業主婦の三年間。
「平凡な人生」のおどろくべき輝き――。

ノーラ・ウェブスター

コルム・トビーン/著、栩木伸明/訳

2,592円(税込)

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発売日:2017/11/30

読み仮名 ノーラウェブスター
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
装幀 Stockbyte/Photo、Getty Images/Photo、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 430ページ
ISBN 978-4-10-590142-4
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品
定価 2,592円

夫を突然亡くしたアイルランドの専業主婦、ノーラ、四十六歳。子供たちを抱え、二十年ぶりに元の職場に再就職したノーラが、同僚の嫌がらせにもめげず、娘たち息子たちとぶつかりながらも、ゆっくりと自己を立て直し、生きる歓びを発見していくさまを丹念に描く。アイルランドを代表する作家が自身の母を投影した自伝的小説。

著者プロフィール

コルム・トビーン Toibin,Colm

1955年、アイルランド南東部ウェックスフォード州生まれ。祖父はアイルランド独立運動の活動家。熱心なカトリック信徒として少年時代を過ごす。ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンで歴史と英文学を学び、ジャーナリストを経て小説を発表。主を作品に『ブルックリン』『マリアが語り遺したこと』など。『ノーラ・ウェブスター』は10年以上を費やした自伝的長篇。2017年11月現在はアメリカのコロンビア大学で教鞭を執っている。

栩木伸明 トチギ・ノブアキ

1958年、東京生まれ。早稲田大学教授。専門はアイルランド文学・文化。著書に『アイルランドモノ語り』、訳書にキアラン・カーソン『琥珀捕り』、ウィリアム・トレヴァー『聖母の贈り物』、W・B・イェイッ『ジョン・シャーマンとサーカスの動物たち』、ブルース・チャトウィン『黒ヶ丘の上で』、コルム・トビーン『マリアが語り遺したこと』など。

書評

小さな町の力

横山貞子

 夫を急病で失ったのは40代半ば。4人の子供がいる。貯金はない。こういう条件の母子家庭は、世界中のどこにもあるのだが、その渦中にある人間像が描かれることは少ない。当事者は、一日々々を生きるのに精いっぱいで、記録しているゆとりはない。
 ここに、よく観察し、そして記憶する息子がいた。自分の昔の体験を、息子に話すのを好んだ母親がいた。息子は、成人後はスペイン、南米、北米東部に住み、ときどき、アイルランドにいる母を見舞う程度だったようだ。それだけに、帰省中に聴かされる母親の話は熱を帯びたことだろう。この母は80歳まで生きた。
 母の没後、息子は14年かけて、小説としてこの作品を仕上げた。この家族が暮らすのはアイルランド南東部。町中がお互いを知っているような、小さな田舎町で、カトリックの信仰が浸透している。アイルランドにキリスト教が伝わったのは、イギリスよりも早かった。以来、教会と学校によってカトリックの教えを伝えてきた。それに、17世紀半ば、清教徒クロムウェルのアイルランド侵略を、アイルランド人は決して忘れない。独立を達成した今も、イギリスとプロテスタントに対する反感は残っている。
 作者の母と重なる主人公ノーラは、夫の死後、毎日、予告なしにやってくる弔問客に疲れて、ダブリンに移ろうかと考える。ところが、子供のときから知っている女子修道院長は、「心配ないわ……町があなたを守ってくれます」と言う。
 結婚する前に11年間働いていた、町内の会社から、再就職の声がかかる。現社長も、その夫人も、先代社長も、ノーラが若いころからの知り合いの仲だ。小さい町が守ってくれている。それは、おそらく、後になってから気づくことなのだろう。
 出勤してみると、直接の上司は、10代のころノーラがいじわるをした、まさにその女性だった。当然、お返しがはじまる。まじめで有能なノーラの像が、ここで急に活き活きとしてくる。実際に母からきいた話なのか。作者の創作か。
 ノーラは、自分の悲しみを人に訴えない生きかたを選び、人に憐れみを乞わない姿勢を通してきた。ノーラの父が亡くなったときに母のとった、町中の人に自分のほうから憐れみを求める態度が、反面教師の働きをした。末息子のコナーが、学業はよくできるのに、成績が下の級に移されたとき、ノーラはそれを不当と思う。だが、教師に泣きつくのは、彼女のやりかたではない。住所がわかる限りの教師たちに、同文の手紙を手書きで書く。息子がもとの級に戻るまで、毎朝、学校前でピケを張って、教師の登校を阻止する、という内容だ。その独りデモ、独りピケを、だれの助けも借りずに、連日、実行し、ついに目的を果たす。
 ノーラは、超人のように見える。子供から見た母は、そう見えるのだろう。ノーラが与えるこの印象は、もっと長い年月のあいだに起こったことを、夫の死後3年間に凝縮して配置してあるために、生じているかもしれない。
 亡夫は、この中高一貫男子校の教師だった。長男ドナルは父親を尊敬し、父のようになりたいと思っていた。その父を失って以来はじまった、彼の吃音は、別の寄宿制高校に転校すると、自然に治まる。父の影から解放されたのだ。この小説の作者となるのは、彼、ドナルのほうである。
 夫の生前、ノーラは自分の家庭に満ち足りていた。ところが、意外なものとの出会いが、夫の死後、待っていた。それは、音楽だ。レコード・コンサートに誘われ、黒い盤から流れ出る音楽をきいて、衝撃を受ける。夫は音楽に関心がなく、自分の仕事には静かさが必要だと思っていた人だった。ノーラは音楽に強く惹かれ、乏しい家計の中から古いプレーヤーとレコードを買う。こんなに美しいものがあった! レコードをひとりで聴く楽しみを、ノーラは持つようになる。それは、夫には決してついてこられない場所だった。
 作者が母から、こういう体験を聞いたのか、それとも創作なのか、それはわからない。だが、ここは、読んでいて心に響く、すばらしいところだ。
 作者の母は、1921年生まれ。この物語の背景は、1960年代の終わりから70年代のはじめにかけて、ということになる。田舎の町が、そこに住む人を再生させる力を保っていた時代と言えるだろうか。別の文化圏に置いても通る、根の深い普遍性を持つ庶民伝になっている。

(よこやま・さだこ 英文学)
波 2017年12月号より

短評

▼Yokoyama Sadako 横山貞子
夫に死なれたとき、ノーラは四十代半ばで、子供は四人。母の生涯を小説として構成するにあたって作者が焦点を当てたもの。それは主人公の、独りで担いとおす強さだった。父と夫の死に当たっても、末息子が学校で不当な扱いを受けたときの抗議も、ノーラは独力でやりとげた。さらに大きな自由を見出したのは、音楽だった。音楽嫌いの夫の生前には知る機会のなかった、レコードをひとりで自由に聴く喜び。さらに人前で歌い、才能を発揮する自由が開ける。渇いた土に水が沁み込むように、その喜びが切実さをもって描かれている。

▼The Washington Post ワシントン・ポスト
ノーラは泣き崩れない。子どもたちは罵らない。ツイッターに悲しみをぶちまける者などいない。(かれらの家には電話もない。)かつて人間は怒りではなく、高潔さで苦難に立ち向かっていた。本作はそういう時代があったことを読者に思い出させて胸を打つ。

▼The Chicago Tribune シカゴ・トリビューン
苦境に宿る機微と女性の精神生活を描かせたら、コルム・トビーンに優る作家を他に知らない。

▼The Boston Globe ボストン・グローブ
普通の女の感情生活を描くことが戦争の物語と同じくらいドラマチックでありうることをトビーンは証明した。

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