ホーム > 書籍詳細:高畠素之の亡霊―ある国家社会主義者の危険な思想―

『資本論』を読み抜いた知性が示す、「国家」と「人間」の危うい本質。

高畠素之の亡霊―ある国家社会主義者の危険な思想―

佐藤優/著

2,052円(税込)

本の仕様

発売日:2018/05/25

読み仮名 タカバタケモトユキノボウレイアルコッカシャカイシュギシャノキケンナシソウ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 476ページ
ISBN 978-4-10-603826-6
C-CODE 0331
ジャンル 哲学・思想、思想・社会
定価 2,052円

『資本論』を日本で初めて翻訳した言論人・高畠素之はマルクス主義の欠点に気づき国家社会主義へと走った。それはなぜか。キリスト教を棄て、性悪説を唱えた不世出の知性が現代に突きつける民主主義・資本主義の陥穽と、暴力装置としての国家の本質とは。高畠に強く影響を受けた著者が危機の時代に向けて放つ「警世の書」。

著者プロフィール

佐藤優 サトウ・マサル

1960(昭和35)年生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了の後、外務省入省。在英日本国大使館、ロシア連邦日本国大使館などを経て、1995(平成7)年から外務本省国際情報局分析第一課に勤務。2002年5月、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年2月執行猶予付き有罪判決を受け、2013年6月、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。2005年『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』で毎日出版文化賞特別賞を受賞した。主な著書に『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞)、『日米開戦の真実―大川周明著「米英東亜侵略史」を読み解く』『獄中記』『国家の謀略』『インテリジェンス人間論』『交渉術』『紳士協定―私のイギリス物語』『いま生きる「資本論」』『亡命者の古書店―続・私のイギリス物語』などがある。

書評

佐藤優が取り憑かれそうになった危険な思想家

古市憲寿

 高畠素之。その名前を覚えている人は、この世界にまだ何人いるだろう。
 日本で初めてカール・マルクスの『資本論』を完訳し、論壇で大きな影響力を誇ったものの、最近では顧みられることも少ない。さしあたり忘れ去られた思想家と呼んで差し支えないだろう。
 正直、本書を読み始めるまでは気が重かった。いくら「知の巨人」佐藤優であっても、こんな過去の人をテーマに本を書かなくてもいいのではないか。高畠素之はもちろん、『資本論』でさえ黴が生え始めて随分経つのだから。
 しかし本書を読み終わる頃に、その認識は改められることになる。高畠素之とは、なんと不思議で、聡明な人物だったのだろう。思わずそう感心せずにはいられなくなった。いくつか例を出してみよう。
 ○彼は、同志社で神学を学びながら、「一切の宗教に対して軽蔑の念慮を禁じ得ない」と公言していた。
 ○彼は、当時誰よりも『資本論』に精通していた一人だったにもかかわらず、マルクス主義者ではなく、国家社会主義者だった。しかし全面的な国家統制を嫌い、貨幣の価値を評価し、消費の魅力を認める。
 ○彼は、民主主義を批判して、大衆をバカにしながら、衆議院議員選挙への立候補を真剣に模索していた。
 このように、高畠の思想と行動を列挙してみると、そこには大いなる矛盾が存在しているように見える。しかし彼は決して、出版社や大衆に媚びて、適当なことを言い募るご都合主義の人物ではなかった。むしろ、彼の言動には明らかに一本の筋が通っている。
 一体、その「筋」とは何なのか。一例を出すならば、高畠は極めて功利主義的な考え方をする人物だった。
 たとえば彼は宗教を「軽蔑」するが、「人間の信仰といふものにこれ程の実用性がある以上、宗教は社会的心理的必要の上から永遠に滅亡するものでない」と述べる。宗教は「迷信」であり「盲信」であるが、「信仰は迷信であるほど効能が大きい」というのだ。彼に言わせれば「人生は活動であり、活動の原動力となるものは熱意又は根気であり、その発動機には信仰が一番安値」である。その意味で、キリスト教も仏教も「似たり寄つたりの代物」に過ぎない。
 何という元も子もない言い方だろう。現代の学者でさえ、なかなかこうも突き放した物言いはできるものではない。
 この感じ、僕にとっては、デビュー当時の宮台真司さんという社会学者を想起させた。しかし高畠の発言に、宮台さんのような露悪的な意図はなかったはずだ。
 高畠は良くも悪くも「ガチ」だった。彼は病気によって42歳で死んでしまうが、もしも1930年代末まで生きながらえていたら、陸軍の力を背景に乾いたクーデターを起こしていたはずだと佐藤さんは推測する。実際、彼は陸軍大将の宇垣一成に接近したことが知られている。
 ここも高畠の面白いところだ。「ガチ」な人物の思想というのは、往々にして熱意ばかりが先行して、何を言っているか理解不能なことが多い。しかし、佐藤さんという媒介者の力もあり、高畠の思想は極めて明晰だ。
 そしてもちろん、「シン・ゴジラ」に登場するような、頭でっかちで、実際には何の役にも立たない学者でもなかった。高畠は選挙について述べた文章で、候補者の戸別訪問の価値を説く。普段大きな顔をした「偉い人」が頭を下げる姿に、大衆は陶酔感を抱くというのだ。彼は合理的計算だけで政治が運営できないことをわかっていた。だから、社会変革の一手段として政治家になっていたとしても何ら不思議はない。
 このように本書は、高畠の「矛盾」を解き明かしながら、その思想に迫っていくという点で、良質のミステリーのような読み応えもある本だ。
 だが重要なのはこの先である。なぜ佐藤さんは2018年にもなって、高畠素之に関する本を出版したのか。実は、高畠と佐藤さんは、共に同志社で神学を学んでいた。佐藤さんにとって、高畠について語ることは「自身の半生を思想的に整理」することになるという。
 確かに本を読み進めていくうちに、高畠と佐藤さんの境界線がわからなくなる箇所がある。高畠の「亡霊」を「降霊」するうちに、佐藤さん自身が高畠になってしまったのか。
 その危惧は、いよいよ最終章で現実となる。佐藤さんは高畠に影響を受ける形で、ある危険な思想に対する「魅力」を吐露する。高畠はクーデターを真剣に検討していた人物だ。さて、佐藤さんはその「魅力」に飲み込まれてしまうのか。
 本書のスリリングな結末は、実際に手に取った読者が確かめて欲しい。そして読み進めるうちに気付くはずだ。黴は、思想にとって、時に良質のスパイスになるということを。

(ふるいち・のりとし 社会学者)
波 2018年6月号より

目次

まえがき
第一章 不良神学生
第二章 ソ連論
第三章 性悪説
第四章 貧困
第五章 消費
第六章 ニヒリズム
第七章 支配(上)
第八章 支配(下)
第九章 階級闘争
第十章 プロレタリア独裁
第十一章 窮乏化論
第十二章 テロル
第十三章 社会主義と国家(上)
第十四章 社会主義と国家(下)
第十五章 軍隊
第十六章 法律
第十七章 消費
第十八章 選举
第十九章 有識者
第二十章 宗教
第二十一章 変装
第二十二章 出版資本主義
第二十三章 死者と生者
第二十四章 ファシズムの誘惑
あとがき
高畠素之略年表
注釈

インタビュー/対談/エッセイ

今、どうして「高畠素之」なのか?

佐藤優

 高畠素之は明治末期から昭和三年に四二歳で急逝するまで、言論界の第一線で活躍した人物です。日本で初めてマルクス『資本論』を完訳し、その後二度の改訳を行うなど、語学に長じながら、社会時評でも数々の刺激的な評論を残しています。ただ『資本論』を最も理解した人物であったにも拘らず、マルクス主義には走らず、対極ともいうべき国家社会主義=ファシズムを唱え、晩年は軍部との接触もはかりました。さて、この高畠素之が現代の私たちに問いかけるものとは何なのか――。


――高畠との出会いのきっかけは何だったのでしょうか? また、なぜ高畠を探求してみようと思われたのですか?
 初めての出会いは1979年4月、私が同志社大学の神学部生だった時です。教授から「この大学は中退すると大人物になります」という話を聞いて、そこで挙がった中退者の一人が高畠素之でした。他には山川均、徳富蘇峰、あと「山谷ブルース」の岡林信康とか……(笑)。同志社の神学校にいた高畠は私の先輩だったのです。
 ただ彼の著作を読んでみると、ソ連の本質は「共産主義」ではなく「国家主義」、「赤色帝国主義」なんだと書いてある。しかもそれを評価しているんです。妙なことを言う人だな、と思いつつもザラザラしたものが心に残った。その後、外務省に入りソ連に勤務して国の実態を知ることになりますが、最も正しいソ連観こそ、高畠の見方だったのです。

――高畠は国家社会主義(ファシズム)を肯定しました。
 そうです。特にソ連崩壊後、新たに資本主義が作られる過程を見ていると、そこにあるのは、まさに貧困と暴力の世界。これを統制するには別の暴力装置、つまり国家しかないんだと思うようになり、高畠が言う国家社会主義が、ますますリアリティを持ってきました。エリツィン時代には出なかったにしても、次の時代には必ず出てくると確信しましたし、事実そうなった。高畠はソ連とその崩壊を見た私の中に何度も出て来たのです。

――ソ連以外ではどうでしょうか?
 小泉政権、さらにいえば橋本政権以降に始まった新自由主義的な政策がそろそろ限界にきて、現政権でそれが露呈していると思うんです。
 日本の総理大臣は民意に選ばれた“社会”の代表でありつつ、一方で官僚、いうなれば“国家”を人格化した存在でもあります。本来総理はこの両者の間でバランスをとっていかなければならないのですが、新自由主義的政策が進む中で、社会の力が強くなってしまい、結果として官僚機構の機能不全が起こってしまった。一連の文書改竄問題などその好例です。こうなると、政治の力をもっと弱めなければならないという動きが出始め、やがては優秀な官僚に任せてみようということになる。すると、そこに現れてくるのが「高畠素之の亡霊」です。すなわち国家機能の強化です。

――「亡霊」とは、意外な言葉と思いましたが。
 これはマルクス、エンゲルスの『共産党宣言』、その一節の《共産主義という妖怪ゲシュペンスト(亡霊)がヨーロッパを徘徊している》から着想したもので、高畠素之的な国家社会主義が名前を変えて、やがて現れてくる。しかも、それはみんなが怖がるもの――そういう思いを込めています。結果として高畠は早世してしまいましたが、もし生きて陸軍エリートと結託してクーデターを起こしていたらどうなっただろうか。きっと、とんでもない国家改造運動となって、日本の破滅はもっと酷い形で現れたと思います。

――つくづく高畠素之の恐ろしさを感じると同時に、その知性、慧眼にも驚くところです。高畠的なものは本当に現代に蘇る可能性はあるのでしょうか?
 この本は十年前に『新潮』で二年に亘って連載したものですが、十年かけて今、本にすることの意味がそこにあります。
 連載当時は、気配こそあれ、まだ高畠的なものが出てくるほど日本は行き詰っていませんでした。しかし今は違います。先の総選挙で民進党が分断社会を作らないとして「ALL for ALL」のスローガンを掲げ教育無償化などを打ち出しましたが、これなどは国家機能による再分配制度の強化ですし、安倍政権について言えば、企業に対する内部留保の吐き出しとか賃上げ要請、働き方改革など、極めて国家社会主義的と言っていいでしょう。これ以上労働者を追い詰めると、資本主義が回らなくなり、徴税にも支障を来す。それゆえに国家が強制的に介入するようになる。十年前は作業仮説だったことが、今、ようやくリアルになってきたのです。

――今のお話を国家社会主義=ファシズムと捉えるのは少し違和感があります。
 ファシズムというとどうしても非人道的なイメージで見てしまいますが、それはナチズムによって誇張カリカチュア化されたためです。国民を束ねる手段において新自由主義を否定しつつ、共産主義でもないとすれば、残された道は何か。それがファシズムです。高畠も代議制民主主義を認めつつも、人間の個々の能力には違いがあるので一人一票制では差が出てしまう。何らかの弱者救済アファーマティブアクションが必要であるとしています。その上で選挙に拠らない軍という組織での統制、すなわちファシズムを目指したのです。見た目こそ違え、同様のことが今、起こりつつある。最早、この道しか残されていないということを私たちは認識しなければならないのです。

(さとう・まさる 作家・元外務省主任分析官)
波 2018年6月号より

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