ホーム > 書籍詳細:決断の太平洋戦史―「指揮統帥文化」からみた軍人たち―

決断の太平洋戦史―「指揮統帥文化」からみた軍人たち―

大木毅/著

1,760円(税込)

発売日:2024/03/27

  • 書籍
  • 電子書籍あり

「人材養成哲学」が勝敗を分けた――。日米英12人の戦歴簿。

参戦各国の指揮官や参謀たちは、いかなるエリート教育を受けたのか。どの国も腐心したリーダーシップ醸成の方策とは何なのか――。「指揮統帥文化」という新たな視座から、日米英12人の個性豊かな人物像と戦歴を再検証。組織と個人のせめぎ合いの果てに現れる勝利と敗北の定理を探り、従来の軍人論に革新を迫る野心的列伝。

目次
はじめに
第一章
「戦争になって、不充分な兵力で相当厄介な仕事にかかることになるか」
アーサー・E・パーシヴァル名誉中将(イギリス陸軍)
愚将かスケープゴートか/有能な下級指揮官/参謀将校として累進する/戦略的劣勢/降伏とパーシヴァルの戦後
第二章
「パーフェクトゲーム」
三川軍一中将(日本海軍)
「モリソン戦史」の癖/新編艦隊の司令長官/二つの問題点/戦略方針なき作戦/ぶれる目標設定/ガダルカナル戦役のイフは成立するのか
第三章
「これだから、海戦はやめられないのさ」
神重徳少将(日本海軍)
「神がかり」参謀/受験に弱い秀才/ドイツ傾倒/強気の作戦指導/勝負勘を示す/滅びに向かう作戦/日本陸海軍の「コマンド・カルチャー」か?
第四章
「日本兵はもはや超人とは思われなかった」
アリグザンダー・A・ヴァンデグリフト大将(アメリカ合衆国海兵隊)
日本軍伝説を粉砕した男/海兵隊文化/ガダルカナルへ/作戦・戦術の妙/海兵隊の存在意義を証明する
第五章
「細菌戦の研鑽は国の護りと確信し」
北條圓了軍医大佐(日本陸軍)
「細菌戦の参謀」/細菌学研究から生物兵器開発へ/「大山少佐」/ナチスの細菌戦を助ける/北條の「使命感」
第六章
「空中戦で撃墜を確認した敵一機につき、五百ドルのボーナスが支払われた」
クレア・L・シェンノート名誉中将(アメリカ合衆国空軍)
義勇兵上がりの司令官/操縦士になった「トム・ソーヤー」/「フライング・タイガース」結成/ビルマの初陣/マーヴェリックの悲哀
第七章
「諸君は本校在学中そんな本は一切読むな」
小沢治三郎中将(日本海軍)
過大評価された提督か/暴れん坊士官/教科書にとらわれず/「機動部隊」の発想/戦争後半の悲運/使い得なかった将器
第八章
「猛烈に叩け、迅速に叩け、頻繁に叩け」
ウィリアム・ハルゼー・ジュニア元帥(アメリカ合衆国海軍)
「猛将」の明暗/大統領推薦でアナポリスへ/航空畑に移る/ヒットエンドラン/突進する猛将/二つの失敗
第九章
「これが実現は内外の情勢に鑑み、現当局者にては見込つかず」
酒井鎬次中将(日本陸軍)
「戦争指導」を追求した将軍/恩賜の銀時計と軍刀/独立混成第一旅団長/東條英機との対立/近衛文麿の知遇を得る/倒閣運動
第十章
「おい、あの将校に風呂を沸かしてやれ」
山下奉文大将(日本陸軍)
猛将か能吏か/巨杉の申し子/気ばたらきの武人/昭和天皇の不興を買う/優れた戦略眼/勝利と敗北と
第十一章
「殴れるものなら殴ってみろ」
オード・C・ウィンゲート少将(イギリス陸軍)
戦闘的な「焼き印のない牛」/中東への関心/英雄か殺戮者か/アフリカの挫折/再起
第十二章
「爆撃機だ、爆撃機を措いてほかにはない」
カーティス・E・ルメイ大将(アメリカ合衆国空軍)
戦略爆撃思想の象徴/ライト兄弟の飛行機を追って/ヨーロッパ戦線で頭角を現す/無差別爆撃への戦術転換/対日爆撃
終章
昭和陸海軍のコマンド・カルチャー――一試論として
指揮統帥の文化とは/形骸化・官僚化する軍隊/総力戦から眼をそむけた/秀才の戦争/人事システムの硬直
主要参考文献
初出

書誌情報

読み仮名 ケツダンノタイヘイヨウセンシシキトウスイブンカカラミタグンジンタチ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 224ページ
ISBN 978-4-10-603907-2
C-CODE 0320
ジャンル 歴史読み物、歴史・地理・旅行記
定価 1,760円
電子書籍 価格 1,760円
電子書籍 配信開始日 2024/03/27

書評

比較史的視点で描かれた日本軍人の「独創性」欠如

戸部良一

 私はかつて大木氏のことをドイツ近現代軍事史研究の専門家だと思っていた。『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(岩波新書、2019年)が高い評価を受け、その研鑽と学識が広く認められるようになったことを、同じ軍事史を学ぶ者として喜んだ。だが、彼がドイツ史だけの専門家というのは私の思い違いであった。彼の研鑽と学識はドイツ史だけにとどまらなかったからである。それは『「太平洋の巨鷲」山本五十六 用兵思想からみた真価』(角川新書、2021年)、『指揮官たちの第二次大戦―素顔の将帥列伝―』(新潮選書、2022年)など、次々と上梓された作品に見ることができる。
 この二作品に代表されるように、とくに最近は世界各国の軍人論、将帥論に大木氏の研究関心が向けられているようである。前書(『指揮官たちの第二次大戦』)では、日米英独仏ソの六ヵ国の将帥が取り上げられ、本書では太平洋の戦場を舞台として日米英の指揮官・参謀が俎上に載せられている。どの著作でも、著者が主要参戦国の第二次世界大戦史に関する最良かつ最新の文献に精通していることがうかがわれる。さらに、日本の軍人を取り上げた場合、もともとドイツを中心とするヨーロッパ軍事史を専門としてきた著者の「素養」が、彼の作品に、他の日本将帥論一般とは異なる色彩を与えている。日本という一国史的な制約から離れて、比較史的な視点や文脈が持ち込まれているからである。
 本書で各国の軍人の比較を行う際、著者は「指揮統帥文化(コマンド・カルチャー)」という視点を用いている。その点で、私は、前書のウィリアム・スリムと本書のオード・ウィンゲートというイギリスの陸軍軍人にとくに強く印象づけられた。二人ともインパール作戦で日本軍を窮地に追い込んだことで知られるが、いずれも正統派のエリート将校ではなく、いわば一匹オオカミで、異端に近い存在であった。その二人がそれなりの地位と処遇を与えられ、その異能ぶりを発揮する機会を提供されたことに著者は注目する。著者はそれを、イギリス軍の組織文化、指揮統帥文化の重要な部分であると論じている。
 スリムやウィンゲートが異端的存在であったのは、彼らが正統派ないし主流派とは異なる独創的な用兵思想の持ち主だったからである。そして、日本の軍人に欠けていたのは、この独創性であった。大木氏は、太平洋戦争での日本軍には戦術レベルでは有能さを発揮するが「戦略的には及第点を与えられない」タイプの指揮官が少なくないと指摘し、「日本軍の指揮官は、戦闘の『公式』が通用する範囲、すなわち艦長や連隊長・大隊長レベルでは有能たり得た。しかし、より創造性と柔軟な思考を必要とする戦略・戦争指導の責任を負うや、愚行に向かうということがしばしばあったのだ」と述べている。
 日本軍では例外的に、この「独創性」を発揮した軍人として著者が挙げているのが小沢治三郎である。小沢の独創性は、世界初の空母機動部隊(第一航空艦隊)の編制を促した意見書に発揮された。小沢は、教条的な作戦・戦術に拘束されず、「そのときどきに置かれた状況において最善の方策は何であるかを、おのれの頭で考えつづけた」とされている。小沢については、比島沖海戦で空母を囮にして米機動部隊を誘引したことで知られるが、それは日本海軍がリソースを失いつつあった段階で、作戦・戦術レベルの巧妙なわざによって戦略レベルでの逆転を図るという「手品」でしかなかった、と著者は指摘している。
 大木氏は、戦争におけるリソースの重要性の変化を強調する。総力戦としての第一次世界大戦以降、戦争は「リソースの適切な運用の競争」となり、作戦・戦術レベルで将帥の個性が及ぼす影響の余地がせばまったと言う。それにうまく適合したのが「アメリカの戦争流儀」である。つまり、作戦・戦術の巧妙さよりも、十分な戦力のマネジメント(リソースの適切な配分と効率的な使用)が重要となる。ところが日本では、総力戦の本質に正面から向き合わず、日本の限られたリソースでも可能な作戦・戦術の教義ばかりを軍人たちに叩き込んだ、と著者は結論づけている。
 過去の戦史・軍事史を例としながら、本書の指摘には、現代日本の組織一般におけるリーダーシップの問題についても示唆するところ、考えさせるところがたくさん含まれている。望蜀の感はあるが、前書や本書でもまだ取り上げられていない日本軍人、たとえば、石原莞爾、栗林忠道、井上成美などについての著者の評価も聞いてみたいものである。

(とべ・りょういち 防衛大学校名誉教授)

波 2024年4月号より

著者プロフィール

大木毅

オオキ・タケシ

1961年東京生まれ。立教大学大学院博士後期課程単位取得退学。DAAD(ドイツ学術交流会)奨学生としてボン大学に留学。千葉大学他講師、防衛省防衛研究所講師、陸上自衛隊幹部学校講師等を経て著述業に。雑誌「歴史と人物」の編集に携わり、旧帝国軍人を多数取材。『独ソ戦』(岩波新書)で「新書大賞2020」大賞を受賞。近刊に『指揮官たちの第二次大戦 素顔の将帥列伝』(新潮選書)、『戦史の余白 三十年戦争から第二次大戦まで』(作品社)、『勝敗の構造 第二次大戦を決した用兵思想の激突』(祥伝社)など。

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

大木毅
登録
歴史読み物
登録
歴史・地理・旅行記
登録

書籍の分類