星の友情――茂木健一郎
I 無記の智慧
坐禅とクオリア/説明不足の仏教/悟りが最終目標ではない/「答え」より「問い」/科学と宗教の役割/言うべきか、言わないべきか/「無記」の思想/恐山と九十五歳のおばあちゃん/現実と仮想/言語と体験の間/仏教にヒューマニズムはない/苦しいけれど生きていく
コラム「恐山探訪記」――茂木健一郎
恐山の禅僧・南直哉師/死者の「好意」が宿る場所/そして過去は死者へとつながる
II 脳の快楽、仏教の苦
裸になれる場所/恐山の日常/「信じる」とは何か/脳と身体の矛盾/「自分が自分である」根拠はあるのか/航海者と漂流者/「中心」が忘れているもの/存在の根拠としての欠落/生き方を変えない限り考え方も変わらない/なぜ自分は今、ここにいるのか?/修行僧の見る月/脳の快楽、仏教の苦/人生は「苦」である
III 人生は「無常」である
クオリア、仮想、偶有性/「疑団」の破裂/偶有性の反意語/生と死のリアリティ/世界を引き受けるということ/生の現場に寄り添う/私は私を始められない/「あなた」がいて「わたし」がいる/生きている限り安心立命はない/人生を質入れしない/生きていることはまがまがしい/「蓮を咲かせる泥になりたい」/断念せよ、そこから始めるしかない/人生の負債を背負う/ブッダが追求したこと/星の友情
悦楽する知――南直哉