文豪ナビ 夏目漱石


『坊っちゃん』は、痛快ハードボイルドRPG!

 最初の入門は、ごぞんじ『坊っちゃん』から。男っぽい江戸っ子の「おれ」が、四国の松山を舞台にくりひろげる青春冒険物語。彼は熱っぽく、じかに読者に向かって話しかけるので、自分が主人公になった気分で、ぐんぐん引き込まれてしまうはず。
 颯爽とした快男児が、ばったばったと社会の悪を退治してのける人情アクションか、はたまた正義感いっぱいの若者が旅にでて、恐ろしい怪物をやっつけて出発地点にもどってくるロールプレイングゲームといった感じ。憧れのマドンナあり。とにかく、明るい。
 登場人物は、赤シャツ、野だいこ、山嵐、うらなり、などいずれ劣らぬひとクセあるキャラクターがゾロゾロ。もしかしたら、みんな漱石の「分身」なのかもしれない。嫌みったらしい赤シャツですら、自分でもイヤだなと思っている漱石本人のマイナス・イメージの投影かもしれない。だとすれば、坊っちゃんの赤シャツ退治は、「自分の心の善良さを保つために、自分の心の中の邪悪を断つ話」とも読めるわけだ。とすれば、やや深刻な話ともいえるか。
 漱石はじっさい松山中学で英語の先生をしていた時期がある。そのとき地元出身で大学の同級生・正岡子規が漱石を訪れている。漱石と子規は、掛け値なしの大親友。二人は、坊っちゃんと山嵐のように、「力を合わせて、文壇のワルを一掃しようぜ」と気炎を上げたこともあったんじゃないだろうか。その実現のためには、自分の心の中の汚点を見つめ、取り除く大手術が必要だった。それが、これから説明する漱石文学の傑作群だ。

『三四郎』は、ほろ苦い青春の恋愛
『それから』『門』は、連ドラばりの三角関係!


 まずは三つの門を続けてくぐっていこう。前期三部作と呼ばれる『三四郎』『それから』『門』だ。漱石巡礼の最初の大きな山場といえる。
 中でも、『三四郎』は心して、くぐりたい。ちょっぴりほろ苦く、切ない青春小説。失恋で終わるのは、このタイプの小説の定番だよね。
 主人公・小川三四郎は、九州から東京に出てきた。郷里には、お光さんというフィアンセ(のような女性)がいながら、東京で美禰子というタカビーで華やかな女性に憧れる。いわば「男の二股愛」というところかしら。
 三四郎は煮え切らない性格のうえ、人間関係を作り上げる能力に欠けている。異性とも、世界とも、うまく接触できない三四郎の青春のもどかしさ。「愛」も、広田先生という賢人から授かった「知」も、三四郎の人生を好転させない。ケータイなどない明治時代には、男女は手紙などでコミュニケーションを取り合っていたが、せっせと手紙や伝言をもって駆け回る与次郎というクラスメートが、いい味を出している。が、三四郎は、与次郎のおせっかいも空しく、「恋愛小説の傑作」のヒーローになる絶好のチャンスを逃してしまう。
 この美禰子はなかなかミステリアスな女性。彼女の本命は誰だったのか。読みながら推理してみるといい。これはけっこう悩みます。「女を書けなかった」という悪口のある漱石にしては、お見事な女性描写といえる。
 つづいて、『それから』。主人公の長井代助は親のすねかじりで、仕事もしない「高等遊民」。すなわち、「フリーター」ですらないプータロー。かつて変な勇気を発揮して、三千代という好きな女性を親友に譲った。でも、昔のカノジョが忘れられず、いまでは「人妻」となった三千代を愛してしまう。献身と自己犠牲によって他人を幸福にしてやろうとしたが、すべて裏目に出たのだ。善意の決断が、結果として皆の迷惑となるのは、よくある話。
 結局、代助はあらゆる忠告も憎悪も軽蔑も無視して、三千代と二人で暮らそうとする。人にも社会にも背を向けた彼が、赤い火の色に包まれる場面で『それから』は終わる。
 このあと二人はどうなっていくのか。登場人物の名前こそ違うが、まさに続編というべきが三部作最後の門、その名も『門』だ。親友の妻を奪って再婚した男は、どういう結婚生活を送らねばならないか、という話。
 好きで好きで、すべてをなげうって結婚した女性と幸せになれなかったとしたら、誰の責任なのか。漱石は、この難問を、後の作品『こころ』でも問いかけている。そう、漱石は、しつこかったのだ。同じテーマを何度も何度も飽きもせず、繰り返す。この執拗さが、彼を近代最大の文豪へと導いたといえるかもしれない。


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