4TEEN

 始まりは春休みにはいったばかりの月曜日。ぼくは月島駅の階段をのぼったところにあるマクドナルドのまえにいた。もんじゃ焼きの店が百軒はある西仲通りのほうの出口だ。マウンテンバイクにのったまま片足をガードレールにかけたり、ときどきはその足もはずしてスタンディングスティルの練習をしたりしながら、クラスの友達を待っていた。
 午後三時、ななめの光りに薄オレンジの縞になった横断歩道をわたって、最初に内藤潤がやってきた。ジュンはぼくと色違いのトレックのマウンテンバイクにのってる。真っ赤なフレームにリアサスつき。背が低いからサドルの位置はだいぶした。ちなみにぼくのは青だ。
「ダイはまだ」
 ジュンは顔の半分くらいある黒いセルフレームのメガネを中指で押しあげていう。ぼくは肩をすくめた。小野大輔はもうひとりの待ちあわせ。ダイはだいたい時間に遅れる。
「それよりナオトは大丈夫なのかな」
 今度はぼくがきいた。
「わかんないよ。うちにも連絡網で電話があっただけだから。でも終業式まで元気そうだったのに、いきなり入院するな……」
 ぼくたちのうしろで自動ドアが開いた。
「よう、待った」
 ダイの太った声がする。胸のまえにあだ名の元になったフレンチフライをもってマックをでてきた。ダイは大輔のダイじゃなくて、フレンチフライの大中小のダイ。揚げ油の臭い。むりやり締めたベルトの上下から、ポテトでいっぱいの中身がこぼれそうだった。
「いこう、時間だ」
 ぼくが声をかけるとダイはジュースでものむように口のなかにポテトの残りを流しこんで、あさひ銀行のほうへママチャリをとりにいった。うしろから見てもほっぺたの肉が顔の横にでっぱっているのがわかる。
「つぎに入院するのはきっとダイだな」
 ジュンがいう。ぼくはすこし笑った。三人がそろうと、ぼくたちはナオトの見舞いに出発した。

 月島駅から隅田川の堤防まではほんの二百メートル。横になったW字型の自転車用登坂路を立ちこぎでのぼると佃大橋だ。先にのぼりきったぼくたちは橋のたもとでダイを待ってひと休みした。眠たそうな灰緑色の隅田川の両岸には、ガラスとコンクリートの高層ビルがならんでる。二十階建て、三十階建て、なかには五十階を越えるのもちらほら。自分が生まれ育った街なのに、この橋からのこぎりみたいなスカイラインを見るたびに、どこか外国にでもいったような気がする。ジュンも黙ったまま、いきなり開けた空を見あげていた。鈍い青。東京では広い空を見るのはめずらしいんだ。
 肩で息をしてダイがきた。ママチャリにかまきりハンドルをつけるなんて、自転車のことがまるでわかってない。上半身をしっかり固定して腹筋をつかわないと、ペダルは踏み抜けないものなのに。
「あー、もうバテバテだよ。やっぱり昨日やりすぎちゃったかな」
 ダイが汗をふいた。ジュンがきく。
「何回」
「七回かな」
 ダイのこたえは誇らしげ。そのころうちのクラスの男子の話題は、オナニー一色だった。回数、時間、おかず、新たな技法にフレッシュなアイディアの数々。ぼくはダイの七回にショックを受けていた。一日の最高回数を友達にきかれると、三回なんてこたえていたけれど、実は二回が記録なのだ。そんな好調な日も実はかぞえるほどしかない。
「やっぱり、ダイって異常だな」
 ジュンはあきれていう。東京湾から吹いてくるなまぬるい海風のなか、ぼくたちは対岸の陸を目指した。佃大橋は長さ三百メートル近く。自転車で歩行者用の通路をゆっくりすすんでいると、四車線の道路を自動車がうなりをあげて駆けていく。月島は明治になってできたばかりの埋立地で島って感じだけど、むこう岸は同じ中央区でも陸地で、しかも築地や銀座があって街っていう感じがする。銀座の裏町はぼくたちの子どものころからの遊び場だ。デパートの地下の試食コーナーや屋上庭園はすべて知っている。おしゃれな街だなんて思ったこともない。
 橋をわたるとニチレイビルの角を曲がって、堤防沿いに聖路加ガーデンにむかった。そこはできたばかりのぴかぴかの一角で、歩道の敷石も彫刻いり。わきには人工の小川が流れてる。全体がぜいたくな庭園みたいだ。広告代理店とホテルと超高級老人ホームがはいった二本の高層ビルのむかいにあるエンジ色のタイル張りが、ナオトが入院している聖路加国際病院。ぼくたちはタクシーがならんだ円形の車寄せの端に自転車をとめて、木のフレームに分厚いガラスがはまった自動ドアを抜け、病院にはいった。

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