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きみの友だち
重松清

わたしは「みんな」を信じない、だからあんたと一緒にいる――。足の不自由な恵美ちゃんと病気がちな由香ちゃんは、ある事件がきっかけでクラスのだれとも付き合わなくなった。学校の人気者、ブンちゃんは、デキる転校生、モトくんのことが何となく面白くない……。優等生にひねた奴。弱虫に八方美人。それぞれの物語がちりばめられた、「友だち」のほんとうの意味をさがす連作長編。

ISBN:978-4-10-134922-0 発売日:2008/07/01


| 620円(定価) |
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きみの友だち
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十一歳の誕生日のプレゼントは、新しい松葉杖だった。銀色のアルミ製――「脚」の途中についているゴムのアジャスターで長さを調整できる仕組みだ。
いままで使っていた松葉杖は子ども用で、長さも変えられなかった。背丈が急に伸びた四年生の終わり頃からサイズが合わなくなって、五年生に進級してからは背中を丸めて歩いていた。
「これなら中学を卒業するぐらいまでは使えるから」
お母さんはリボンをかけた松葉杖をきみに渡しながら言った。
クッションのついた「台」を腋の下にあてがい、指の形に合わせてくぼんだグリップを握りしめて立ち上がると、お父さんは「似合う似合う」と拍手をして、誕生日のお祝いに遊びに来ていたおばあちゃんに軽くにらまれた。
きみも同じ。お父さんはなにもわかってないなあ、と思う。似合うも似合わないもない。松葉杖がなければ歩けない。両親は「リハビリをがんばれば、また歩けるようになるから」と言う。でも、きみは知っている。食べかけのパスタのようにあちこちでちぎれた左膝の神経は、もうつなぎ直すことはできない。五年生にもなれば、立ち聞きや盗み聞きだってうまくなるのだ。
「恵美、なにか一言挨拶しろよ」とお父さんは言った。こういうところもわかっていない。シャンパンを飲みすぎて酔っぱらってしまったのかもしれない。
お父さんにかまわず、部屋の中を歩いてみた。「長さ、合わなかったら直してあげるから」とお母さんに声をかけられて、だいじょうぶ、とうなずいた。いままでの松葉杖より歩きやすい。サイズは一回り大きいのに、前に振り出しても重みはほとんど感じない。まだ三歳の弟がケーキを頬張って「ぼくもー、ぼくもするー」とせがんだから、よほど軽やかに歩いているように見えるのだろう。
「ブンちゃん」きみは立ち止まって、弟を振り向いた。「あんたはこんなもの使わなくても歩けるんだから」
わざと言った。「こんなもの」を少し強く言ったのも、わざと。弟はきょとんとしていたが、おばあちゃんとお母さんは困った顔を見合わせ、お父さんは急にしゅんとして、テレビに目をやった。
今年の誕生日、家に招いた友だちはいない。
去年は違った。十歳の誕生日には、同級生が五人、別のクラスからも三人、遊びに来た。みんなで『ハッピー・バースデイ』の歌を歌ってもらい、ケーキのロウソクを一息に吹き消したときには、クラッカーも鳴らしてもらった。
交通事故に遭ったのは、その数日後のことだった。
恵美ちゃん――僕はこれから、きみと、きみにかかわりのある何人かの子どもたちの話をしようと思う。
最初は、きみだ。
あの日は、朝のうちはいい天気だったのだ。給食の時間には先生から「梅雨の晴れ間」という言葉も教わった。でも、午後から急に雲行きがあやしくなり、まるで下校時間を狙ったように雨が降りはじめた。
傘を持ってきていたのは、友だちの中ではきみだけだった。「午後、ところによりにわか雨」の天気予報を信じたお母さんが「念のために持って行きなさい」と言ってくれたおかげだ。
友だちが「わたしも入れて!」ときみに駆け寄って、傘に入ってきた。「あいあい傘だねーっ」と二人で笑っているうちはよかったが、「わたしも! わたしも!」と友だちが増えて、しまいには五人で押しくらまんじゅうをするように一本の傘を分け合うことになった。歩きづらくてしょうがないし、傘からはみ出した肩は雨で濡れてしまった。本音では少し迷惑でも、「恵美ちゃん、恵美ちゃん」とみんなが寄ってくるのは、悪い気分ではなかった。
狭い歩道をふさいで、ぺちゃくちゃおしゃべりしながら歩いた。そこにもう一人、同じクラスの子が「わたしもお願い!」と駆けてきた。
さすがにうんざりして、「だめだよ、もう定員オーバー」と断った。でも、その子は「いいじゃん、友だちでしょ、ねっ?」と無理やり傘の下に入って、きみは押し出された格好で、傘をほとんど使えなくなってしまった。
やだなあ、と思った。せっかく傘を持ってきたのに、これはわたしの傘なのに、と悔しくなったし、悲しくもなった。
ふと見ると、前のほうに一人で傘を差して歩いている子がいた。前後のグループからぽつんと離れた、ひとりぼっち――ちょっと太った体つきに見覚えがある。隣のクラスの子だ。
「ねえ、あの子、名前なんていうんだっけ」
隣の友だちに訊いたら、「さあ……」と言われた。二人目の友だちも「顔はわかるんだけど、名前、なんていったかなあ」と首をかしげた。三人目でやっとわかった。楠原由香ちゃん。もっとも、名前を教えてくれた友だちも「どんな子?」ときみが訊くと、「よくわかんない、すごくおとなしいから」としか答えられなかった。
四人目の友だちで、やっと、少しだけわかった。
「わたし、一年と二年のときにクラスが同じだったんだけど、あの子、あんまり学校に来てなかったから……」
「不登校とか?」
「じゃなくて、なんかねー、体が弱いっていうか、悪いんだって、どこか。半年ぐらい入院してたこともあったと思うけど……でも、あんまり仲良くなかったし、しゃべんない子だったから、よくわかんない」
ふうん、ときみはうなずいて、もう一度由香ちゃんの後ろ姿を見た。うつむいて、とぼとぼと歩いている。体が弱くて、悪くて、おとなしくて――すれ違ったときの印象では、顔もかわいくなかったし、勉強もあまりできそうには見えなかった。
「仲のいい子とかいるの?」
「いないと思うよ」
じゃあサイテーじゃん、と心の中でつぶやいたとき、傘の下の誰かが水たまりをよけようとして、押しくらまんじゅうのかたまりが傾いた。「ちょっと、押さないでよ」「危ないよ、転んじゃうよ」「押さないでってば」……きみは傘の外にはじき出されてしまった。降りしきる雨に髪や顔があっという間にびしょ濡れになって、もう我慢できなくなった。
あんたたち出て行ってよ、これ、わたしの傘なんだから――。
言いたくても、友だちには言えない。
だから、「もういい、わたし、由香ちゃんに入れてもらうから」と、ガードレールの切れ間から歩道の外に出た。ガードレール沿いに走って由香ちゃんに追いつくつもりだったのに、勢いがつきすぎて、車道に飛び出す格好になってしまった。
クラクションよりも早く、車の影が迫ってきた。
白いライトバン――と気づいたのを最後に、あの日の記憶は途切れている。

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