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音楽は自由にする
坂本龍一

子どものころ、「将来何かになる」ということが、とても不思議に思えた――。幼稚園での初めての作曲。厳格な父の記憶。高校でのストライキ。YMOの狂騒。『ラストエンペラー』での苦闘と栄光。同時多発テロの衝撃。そして辿りついた新しい音楽。57年間の半生と、そこにいつも響いていた音楽。そのすべてを自らの言葉で語った、初の自伝。

ISBN:978-4-10-410602-8 発売日:2009/02/27

立ち読み 書評 雑誌から生まれた本

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音楽は自由にする


   はじめに


 ちょっとしたはずみで、こうして自分の人生を振り返ってみることになりました。本音を言えば、あまり気が進みません。記憶の断片を整理してひとつのストーリーにまとめる、というようなことは、本当は性に合わない。
 でも、ぼくがどんなふうに今の坂本龍一に辿りついたのかということには、ぼくも興味があります。なんといっても、かけがえのない自分のことですから。自分がなぜこういう生を送っているのか、知りたいと思う。
 現在ぼくは、音楽を職業としています。でも、どうしてそうなったのか、自分でもよくわからない。音楽家になろうと思ってなったわけではないし、そもそも、ぼくは子どものころから、何かになるとか、何かになろうとするとか、そういうことをとても不思議に感じていました。
 小学校で「将来何になりたいですか。みなさん書いてください」と言われたことがあります。ぼくは、何を書いたらいいのかまったくわからなかった。まわりの子たちは、「総理大臣」とか「お医者さん」とか、女の子なら「スチュワーデス」「お嫁さん」とか、そういうことを書いている。よく考えたのだけれど、ぼくは「ない」と書きました。自分が何かになるということが想像できなかったし、職業に就くということも、なんだか不思議なことに思えた。そういう感覚は、今でも残っているかもしれない。
 ニヒリスティックに「俺は何にもなりたくないんだ」と思っていたわけではないんです。たとえば昆虫なら、卵から幼虫になり、やがてさなぎになって、成虫になりますよね。時が経てば変化する。でも、自分がそんなふうに変化していくというのが、ぼくにはどうもうまく想像できなかった。だから、10年後、20年後にはこうなっているはずだ、こうなっていよう、というような考え方もできなかった。
 つまり、時間の感覚が欠落していたということなのかな、と今にしてみれば思います。時間の経過についてうまく語ることができない、将来の自分が思い浮かばない。現在のぼくが感じている「なぜこんな生を送っているんだろう」という疑問も、その続きなのかもしれない。
 音楽というのは「時間芸術」だといわれています。リニアな時間の中で、何か変化を起こしていくという創作活動、であるらしい。そういう意味でば、ぼくはそもそも音楽を作るのが得意じゃないのかも知れない。でも、そういうのは学習すれば習得できることです。人為的・作為的なものは、ルールを学べばできるようになる。
 ルールを覚えて、そのルールどおりにものごとを並べる。たぶん一般的に、成長するというのは、それができるようになることなんだろうと思います。でもぼくの場合、それに対する齟齬が、いつもいつもあった。学習すればやれるようにはなるけれど、何かちょっと生理的に、そういうことがぼくには合わないようです。
 はじめの話に戻りますが、過去から現在までの自分について、整理して話してみる、というようなことには、本当はちょっと違和感がある。でも、今回はあえてやってみることにします。これまでの時間を俯瞰して、過去から現在までの記憶とできごとを、順番に並べてつなげてみる。そうすることで初めて、現在のぼくについても見えてくるものがあると思うし、そういう語り方によって初めて、何かをほかの人と共有することができるかもしれない。そう思って。



1 ウサちゃんのうた――幼稚園のころ


   ピアノとの出合い

 ぼくは、世田谷にある「自由学園」系の幼稚園に通っていました。この幼稚園で初めて、ピアノを弾いたんです。
 当時は白金に住んでいて、バスと電車を乗り継いで、ひとりで幼稚園まで通っていました。幼稚園児が都心を横切ってひとりで通園するなんて、きっと今ではかなり珍しいことですよね。でも当時は普通のことだったと思います。そういう時代でした。
 渋谷で乗り換えるときに、映画館に行ったりしていた。最近までプラネタリウムのあった東急文化会館、あそこの地下で10円のニュース映画が観られたんです。幼稚園の帰りに、友だちを誘って観に行ったら見つかっちゃって、大問題になった。「坂本くんという悪いことをした子がいますが、みなさんはそういうことをしないように」とか言われていたようで、幼稚園では悪い子の代表になってしまいました。
 それはともかく、幼稚園でピアノの時間というのがあったんです。毎週のように。みんな順番に、ピアノを弾かなくてはいけない。ぼくが初めてピアノに触れたのはそのときです。3歳か4歳でした。楽しいという感じはぜんぜんしなかったし、どんな曲を弾いたのかも覚えていない。
 ピアノを弾いたこと以上に、幼稚園のことで強烈に覚えていることがあります。5歳ぐらいのころだったと思いますが、園舎の窓ガラスに、水彩で絵を描きなさいと言われたんです。
 透き通ったきれいなガラス窓に色を塗るというのは、それを割るのに等しいぐらいのことに思えました。「そんなことしていいの?」と思うけれど、先生たちがやれと言っている。心配でおろおろする一方で、描いてみると、日の光が当たって、すごくきれいでもある。タブーを破ることへの不安と、それをやってみることの快感の両方があった。
 ガラスに絵を描くこと自体への後ろめたさと同時に、自分たちが描いてしまったら、あとから入ってくる園児たちはどうするんだろう、もう描くスペースがなくなってしまうんじゃないか、と、次の世代のことがすごく心配になったことも記憶に残っています。
 この幼稚園を選んだのは、母でした。父は九州男の編集者で、ほとんど家にいませんでした。母方も九州・長崎なんですが、母自身は東京生まれで、父親の関係であちこち転々としたそうです。まあ、リベラルな人で、普通の公立の幼稚園ではなく、こういう幼稚園に息子を入れたがるような「進歩的」な女性だったんですね。
 とにかくぼくは、母の選んだその幼稚園に入って、たまたまピアノを弾くことになった。もしよその幼稚園に行っていたら、その先はだいぶ違っていたのかもしれません。あるいは音楽をやっていなかったかもしれない。
 当時ぼくは、とくにピアノが好きだったわけではないし、特別うまくもなかった。家にピアノはありませんでした。
 母は長女で弟が3人いるんですが、いちばん下の弟、ぼくの叔父ですが、彼がかなりの音楽好きで、たくさんレコードを集めていた。ピアノも持っていて、けっこう弾けた。その叔父さんの部屋には、しょっちゅう遊びに行きました。いろんなレコードをひっぱり出して聴いたり、ピアノを叩いてみたりした。
 幼稚園で毎週のようにピアノを弾かされた経験と、叔父さんの影響、ぼくの最初の音楽体験と言えるものは、だいたいそういうものでした。

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