ロックフェラー回顧録




 序文 日本の読者へ

 新潮社が日本語版『回顧録』の出版に同意してくれたことを、わたしはたいへんうれしく思っている。喜ばしいことに、今回のプロジェクトでは、高度に専門的なスタッフたちといっしょに仕事ができた。本書がアメリカで出版されたときからずっと、わたしは日本語版の出版を願ってやまなかった。日本の多くの友人たちに母国語で本書を読んでもらい、わたしの人生やキャリアについて、多少なりとも知ってほしかったからだ。このたび、楡井浩一氏の非常にすばらしい翻訳により、その願いが実現した。今のわたしの願いは、多くの人々に本書を楽しんでもらい、できればそこから何かを学び取ってもらうことだ。

 本書を読めばすぐお気づきになるだろうが、わたしは人生の大半において日本を意識して生きてきた。現に、一九二一年の夏、五歳の子どもだったころ、両親が日本に旅立ったときのことを鮮明に覚えている。日本はふたりの長期旅行の立ち寄り先のひとつだった。この旅行の主目的は、ロックフェラー財団が幅広く支援していた機関、北京大学医学部の開設にあたって中国を訪問することだったが、両親は日本に最も深い感銘を受けた。ご想像のとおり、わたしは置いてきぼりを喰って非常に不満だったものの、両親が帰ってきた時には大喜びした。ふたりは多くのすばらしい傑作を持ち帰っており、そのなかには、日本の伝統芸術の精華と呼ぶべき品々が含まれていた――着物、能装束、伊万里磁器、そして、歌川豊広、葛飾北斎、歌川広重といった巨匠たちの手になる数々の浮世絵。わたしの母、アビー・オールドリッチ・ロックフェラーは、日本の美学に大きな影響を受けた。母は、いくつもある屋敷のひとつひとつに“仏陀の間”という特別な部屋をこしらえて、彫像をはじめとする美術品でいっぱいにした。そのほとんどは日本のものであり、母は生涯を通じて蒐集を続けた。

 一族の他のメンバーも、わたしが早くから日本に興味を持ち、知識を得るように導いてくれた。わたしの兄ジョン・D・ロックフェラー三世とその妻ブランシェットは、第二次世界大戦後、長年にわたって、二国間の政治的・文化的関係を改善するために重要な役割を果たしてきた。ふたりは、日本という国、その国民、田園風景、芸術的伝統を深く愛した。三十年以上のあいだ、ふたりは毎年日本を訪れ、日本で多くの親友を作った。
 実のところ、一九七五年、裕仁天皇のただ一度の訪米のおりには、天皇皇后両陛下を自宅でもてなすというめったにない名誉に恵まれた。当時は、わたしも亡き妻とともに両陛下に謁見する光栄に浴した。さらに、兄夫婦は、仕事の大半と慈善事業の大部分を日米関係の促進、維持、拡大に充てた。東京のインターナショナル・ハウス、ニューヨークの日本協会、ニューヨーク近代美術館の主要な展示物などが、ふたりの傾倒ぶりを雄弁に物語っている。

 そんなわけで、一九六一年まで日本を訪れたことがなかったにもかかわらず、わが一族が何十年も日本と積極的に関わっていたおかげで、わたしはしっかりした基礎知識と深い理解を持つようになった。
 わたしはチェース・マンハッタン銀行の出張ではじめて日本を訪れた。当時、銀行頭取兼最高経営責任者だったわたしは、銀行の将来の成長が、より強力な国際的拠点を確立することにかかっていると確信していた。あらゆる重要な基準――経済成長、製造能力、輸出力、法的基盤、国民の高い教育程度と勤労意欲――に照らしてみて、自分たちのプランの成功には日本が絶対に欠かせないと信じていたのだ。日本は第二次世界大戦の荒廃状態から驚異的な復興を遂げて世界を驚嘆させた。わたしには、日本がすぐにでも世界の経済列強の仲間入りをして、国際舞台で重要な役割を担わんとする態勢にあると思えた。

 その後のなりゆきは周知のとおりだ。わたしの初めての訪問から五十年近く経った今、日本は、世界で最も革新的で技術力の高い、世界屈指の経済大国へと発展を遂げた。実際、日本企業は多くの産業部門において世界のリーダーとなり、市場に印象的な新製品をもたらし続けている。しかも、それだけではない。この五十年間で、アメリカと日本は、経済や金融の領域を越える強力かつ永続的なパートナーシップを築き上げてきた。そのパートナーシップは、現在われわれがグローバル経済と認識しているものの出現のためには不可欠だったし、これから先の年月においては、世界の安定的な繁栄を管理するために不可欠となるだろう。
 経済、政治、外交におけるアメリカと日本のパートナーシップは、将来、他国のよい手本となることだろう。一九四五年以降、長年のあいだには、非常に困難な時期や、緊迫した時期もあったが、基本的な利害の一致と、問題解決方法を積極的に話し合おうとする政界や実業界の指導者たちの姿勢が、相互の成功の鍵となった。わたしの願いは、互いに尊敬し協力し合う、この強力な結びつきが、この先もずっと続くことだ。本書がその目標達成の一助となることを願っている。

   二〇〇七年八月
   ニューヨーク市
デイヴィッド・ロックフェラー

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