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リュック わたしが住んでいるパリの近所の狭い通りに、ウィンドにただ〈デフォルジュ・ピアノ――工具と部品〉と書いてあるだけの小さな店がある。ウィンドのなかには赤いフェルトで覆われた小さい棚があって、ピアノの修理に使う工具や部品がならんでいる。チューニング・ハンマー、ピアノの弦、調律ピン、フェルトの材料見本、ピアノの内部のさまざまな部品類。棚の背後には白い分厚い紗のカーテンがかかっていて店の内部は見えないが、窓枠と狭いドアは濃い緑色で、おっとりした十九世紀的な雰囲気をただよわせている。 そんなに何年も前のことではないが、子供たちがまだ幼稚園に通っていたころ、この店は幼稚園への道筋にあたったので、わたしが送り迎えする番の日には日に何度かこの店の前を通っていた。朝、子供たちを送っていくときは足をとめる余裕はなかったが、幼稚園からもどってくるときは別だった。ほかの親と二言三言言葉を交わして引き返してくるとき、わたしはしばしば十分ほどよけいに時間をかけて、その時間のパリをつつむ一日への期待感や朝の静けさをじっくり味わったものだった。 静かな通りで、繁華街からは離れていたし道幅もかなり狭かったから、すでにアスファルト舗装されているこの町の大通りとはちがって、まだ石畳が剥きだしになっていた。朝の早い時間には側溝にきれいな水が勢いよく流れている。晴雨をとわず、毎日、道路掃除人が水を流すのだ。歩道の縁石に組みこまれた特殊な蛇口をあけて、カーペットの切れ端を巻いたようなもので片側を堰き止め、水の流れに沿って緑色のプラスティックの箒でシャーッシャーッと掃いていく。角を曲がると、いつも〈街角のパン屋(ブーランジュリー・デュ・コワン)〉という名前のパン屋からプーンと香ばしいかおりがただよってきた。焼きたてのパンのかおりは新しい一日への意欲と期待をかきたてる。わたしはたいてい昼食用のバゲットを一本買い、仕事にとりかかる前にもう十分時間がとれるときには、ピアノ・ショップの向かい側のカフェでその日二杯目のコーヒーを楽しんだ。 そういうとき、わたしはよくこの不思議な店の前で足をとめ、ウィンドにいいかげんにならべてあるオブジェを眺めた。こんな静かな地区(カルチエ)にこういう専門的な店があるのはなんだか場違いだという気がした。ここは音楽学校(コンセルヴァトワール)やコンサート・ホールや音楽関係の店がある地区からは遠く離れている。こんなところでピアノの部品や修理工具の販売などという商売が成り立つのだろうか? ときどき小型トラックが店の前に停まって、ピアノを積みこんだり手押し車で店のなかに運びこんだりしていたが、ピアノを修理するためにいちいち店に運んでくる必要があるのだろうか? わたしが知っているかぎり、ピアノの修理はいつもその場で行なわれるものだった。ピアノを運搬するのはとても面倒だし、大変な費用がかかるはずで、だいいち何台ものピアノを置いておく場所に困るだろう。 なんだか謎めいているなと思いはじめると、静かな朝、ひとりでそこを通りすぎる数分のあいだ、わたしはいつもこの店のことを考えるようになった。よくよく考えてみれば、この店も専門店や洗練された店で知られるこの町の、高度に専門的な店のひとつにすぎないのかもしれない。ひょっとするとパリには、部品の販売が商売として成り立つくらいの台数のピアノがあるのかもしれない。疑問と好奇心が入り交じって、わたしは想像を逞しくせずにはいられなかった。この店のドアをあけると、なにか新しい思いがけないものが見つかるのではないか。密輸団の一味がひそんでいたり、風変わりな音楽教室がひらかれていたりするのではないか。そんなことを考えていると、わたしは自分の目でそれを確かめたくてたまらなくなった。 わたしが何週間もその店に入るのをためらっていたのは、ピアノをもっていないという単純な理由からだった。修理してもらう楽器もないのに、ピアノの部品を売る店に入るどんな口実がありうるだろう? むかしからピアノが好きだったことを打ち明けて、長年あちこち渡り歩く生活をしていたので、ピアノを所有することは大型犬や蘭のコレクションをもつのと同じくらい非実際的なことだったが、最近またピアノを弾きたいと思っている、とでも説明すればいいのだろうか? しかし、ともかく、どこかに取っかかりがあるとすれば、そこだった。いまは生活が比較的落ち着いており、じつは、しばらく前からピアノを買おうかという考えを弄んでいた。どこに行けば良質の中古ピアノが見つかるかということになれば、近所のこの埃っぽいピアノ部品店以上に適切な情報源はないだろうし、少なくとも、店に入るためのもっともらしい理由にはなるのではないか。 というわけで、四月末のあるうららかな朝、子供たちを通りの先の幼稚園へ送ったあと、わたしは〈デフォルジュ〉の店の前に立ち止まった。ドアをノックしてちょっと待ったが、しばらくして古い木製のハンドルをまわしてみると鍵はかかっていなかった。ドアを押すと、上の方に付いていた小さな鐘(ベル)が揺れた。後ろ手に閉めた拍子に、その繊細な音が不規則にひびいて、内部の静寂をやぶった。幅の狭い細長い部屋で、片側にはカウンター、その向かい側の壁には棚がならび、灰色がかった白や緋色のフェルトの巻物が詰めこまれていた。カウンターと棚のあいだの細長い通路が窓のない薄暗がりのなかに伸び、奥に小さなガラス製のドアがある。そのガラス越しに入ってくる光が店のなかをぼんやり照らし出していた。鐘の音がやみ、薄暗さに目をならそうとしてまばたきしているとき、奥のドアが細くあいて男が姿を現わした。ドアの隙間から横向きに体を滑り出させ、背後の部屋のなかを見せまいとしているかのようだった。 「どうぞ、どうぞ、ムッシュー!」と、男はまるでわたしが来るのを待っていたかのように大声で言うと、わたしを頭から足先までじろじろ見ながらゆっくりと近づいてきた。頑健そうな体つきの年配の男で、おそらく六十代だろう。額はひろく、顎のがっしりした顔に大きな笑みを貼りつけていた。しかし、目は口とはちがってまったく笑っておらず、好奇心にみちた、強烈な、感情を抑えた目つきだった。もっとも、一瞬笑っているように見えた口元も、よく見れば単に顔の筋肉をゆるめていただけで、半開きの口元には喜びや愛想のかけらもなく、ちょっと不気味なほどだった。ワイシャツとネクタイの上に長袖の黒いスモックといういでたちで、膝まである仕事着をボタンをかけずに着ているのがフォーマルでありながら小粋だった。さしずめ休暇中の葬儀屋といったところだろうか。この国では職人や肉体労働者はかならずと言っていいほど紺の木綿のスモックを着ているが、それよりは落ち着いた感じで、これが店の主人(パトロン)にちがいなかった。 わたしたちは握手を交わした。フランスで他の人間と関わりをもとうとするとき、けっして欠かせない前置きである。男がどんなお役に立てるのかと訊いたので、わたしは中古ピアノを探しているのだが、そういうものが入ってくることがあるのかどうか訊いてみた。男は額にしわを寄せて、わたしの質問に驚いた顔をしてみせた。相変わらず笑みみたいなものを浮かべてはいたが、一瞬、目がきらりと光った。いや、残念だが、そういうことは人が想像するほどよくあることではない。もちろん、ごくまれにはないこともないので、あらためて出直していただければ、運よくたまたま中古ピアノを売りたいお客が見つからないともかぎらないが、ということだった。がっかりすると同時に困惑して、わたしは話の接ぎ穂を見つけられなかった。仕方なく、ていねいな応対に礼を言い、最後にもう一度カウンターの背後の木製のダボやレンチやピアノの弦が詰めこまれた天井までの棚を一瞥して、退散することにした。外に出てドアを閉めようとしたとき、男がきびすを返して奥の部屋にもどっていくのが見えた。 それから一月のあいだに二度か三度店をのぞいてみたが、答えはいつも同じだった。主人は中古ピアノを見つけるのが仕事だと思われることに困惑した顔をしながらも、そのあとでつぶやくように、もしもなにか出てきたら、喜んで教えてくれると請け合った。フランス人がこういう言い方で話を締めくくるのはよくあることで、それが体のいい拒否を意味するのを知らないわけではなかった。にもかかわらず、二、三週間ごとに何度も顔を出しつづけたのは、ひとえにわたしの強情さと好奇心のためだった。それにしても、もういいかげんにあきらめようかと思っていたとき、ある出来事が起こって方程式が微妙に変化した。 そのときも、わたしが店に入っていくと、いつものように小さな鐘が鳴り、しばらくすると店の奥のドアがひらいた。ただ、今回現われたのは黒いスモック姿の主人ではなく、ジーンズに汗の染みたTシャツという格好の若い男だった。たぶん三十代後半だろう。あけっ広げな笑みを浮かべ、ちょっぴりむさ苦しいあごひげをたくわえたところは、むしろフランス人の建築家みたいだった。しかし、わたしが驚いたのはその顔より、彼が奥の部屋へ通じるドアをあけっ放しにしたことだった。こちらへ歩いてくる男の肩越しに、ずっと興味津々だった奥の部屋の様子がちらりと見えた。 奥の部屋は表の店よりずっと奥行きがあり、幅も広く、ガラスの天井から降りそそぐ光があふれていた。外側より内側のほうが広いという一風変わった不思議な感じがすることがあるが、まさにそういう部屋だった。こういう十九世紀の典型的なアトリエがまだパリの至るところに残っており、切石造りのきわめてブルジョワ的な建物の背後にさえ隠されている。建物の裏側が増築されて、中庭にガラス天井に覆われた巨大な温室のようなスペースができているのである。わたしは一目でそれに気づき、男がカウンター沿いに近づいてくる数秒のあいだに、そのアトリエがピアノやその部品で埋め尽くされているのを見てとった。アップライトやスピネット、あらゆるサイズのグランド・ピアノ。磨き上げられた黒やマホガニー、明るい色の素材でできた象嵌細工を施したもの、じつにさまざまな色合いのピアノが大量に立ちならんでいた。 男は汚れた両手を見せて、すまないという身振りをすると、手が濡れていたり汚れているときフランス人がよくやるように、右の前腕を突きだした。わたしがそれをぎごちなくつかむと、彼は握手をするみたいにその腕を振った。じつはすでに何度か立ち寄ったことがあるのだが、良質の中古ピアノを探しているのだ、とわたしが説明すると、彼はそれでわかったと言いたげに満面に笑みを浮かべた。「それじゃ、あんたなんだね、子供がこの先の幼稚園に通っているアメリカ人というのは」 わたしは泰然としてうなずき、どうして知っているのかと訊ねた。人間関係が緊密なこの界隈では、たとえ一度も顔を合わせたことがなくても、毎日店の前を通る外国人のことを知っていても驚くことではなかったけれど。 「同僚から聞いたんだよ。あんたが何度かこの店にピアノを探しにきたって」 「というより、どこを探したらいいのか教えてもらえないかと思ったんですよ。実際のところ、ここで見つかるとは思っていなかったから」 わたしは彼の肩越しにアトリエの金鉱に目をやらずにはいられなかった。彼の目はわたしの戸惑いに気づいていることを物語っていた。「もちろん、ここではほかの人のピアノの修理をしているだけなんだがね」と彼はどうにでも取れる言い方をした。それからちょっと間を置いて、かすかに首をかしげると、おもむろに天井を見上げて、思いもよらないほど奇抜な考えを思いついたような顔をした。そして、問題のある学生に事態をはっきり納得させられる言い方を探している気さくな校長みたいに、天井を見上げたままゆっくりと言葉を継いだ。「ところで、うちと取引したことのある人の紹介があれば、あんたが探しているピアノを見つけやすくなるかもしれない」そう言うと、彼は視線を下げて、わたしの目をまともに見つめた。 いったいどういうことなのかよく理解できなかったが、いまはそれを直接質問すべきときではないようだった。彼ははっきりは言えないということをできるだけはっきり言ったのだし、こういう遠回しで不可解なやり方でつづけるしかないと言っているのだから。 「この店と取引したことのある人……」とわたしは機械的に繰り返した。 「そのとおり。うちのお客のだれかということさ。この近所にはいくらでもいるよ」と彼は付け加えた。 それですべてが腑に落ちたかのような顔をして、わたしは彼の親切にお礼を言った。後ろを向いて出ていくとき、金色の光があふれるアトリエの魔法のようなイメージがまたちらりと目に入った。フェルトが積み上げられた閉ざされたかび臭い洞窟の奥に、蠱惑的に光り輝く中古ピアノの黄金郷(エル・ドラード)があったのである。 |