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第1章 『ミツバチのささやき』と『となりのトトロ』
1 都会から越してきた姉妹と母の不在
イベリア半島の中央部に広がるカスティーリャ台地。オユエロス(Hoyuelos)という名のその村は、寒く乾いた季節の中にありました。
スペイン映画『ミツバチのささやき』(ビクトル・エリセ監督一九七二年製作/一九八五年日本公開)は、その集落に一台のトラックが近づいてくるシーンから始まります。カメラ位置から地平線まで、見渡すかぎり一木たりとも見当たらない枯野。その中をおんぼろトラックが、道なりに大きな弧を描きながら走って来ます。カメラの目前で最も接近し側面を晒した車の運転台には、鳥打帽を被った男が垣間見えます。ギシギシと車体を軋ませトラックは、さらに左カーブを描きながら集落へと入って行くのでした。
初夏の日の埼玉県所沢。宮崎アニメ『となりのトトロ』は、一台のボロトラックが畑の中の一本道を走っているシーンから始まります。山積みの引越し荷物の間から、サツキ、メイ姉妹が顔を覗かせている三輪トラックです。その運転手も、やはり鳥打帽を被っています。水と緑が溢れる田園風景から薄暗い林に入ったトラックは、お稲荷さんの赤鳥居の前で大きく左カーブを描き、こちらも集落へと入って行くのでした。
この二つの映画の冒頭シーンが似ているのは偶然ではありません。なぜなら、『となりのトトロ』は、スペインの実写映画『ミツバチのささやき』を換骨奪胎して出来上がった作品だからです。
それではまず、宮崎アニメと比べ馴染みの薄い『ミツバチのささやき』を紹介しましょう。
四年に及ぶ内戦が終結し、虚脱感と将来への不安が国土を覆っていた一九四〇年頃のスペイン。“情熱の国”のイメージからはほど遠い、荒涼たるカスティーリャ台地に住むある家族が『ミツバチのささやき』の主人公です。
その一家を構成するのは、父、母、姉、妹の四人。父親は幾つもの巣箱でミツバチを飼っていますが、養蜂家ではなく研究者のようです。ときおり馬車に乗って出掛けるのは、大学にでも通っているのかもしれません。
彼の妻は同じ屋敷に住んでいますが、まったくと言っていいほど存在感がありません。内戦の混乱で安否の分からない近親に宛て、手紙ばかりを書いているのです。心ここに在らずという状態で、妻としても母としてもほとんど機能していません。
明示されてはいませんが、この一家は地主階級の末裔のようです。女中一人では手に余るほど広壮な館に住んでおり、彼らと村人たちとの間には微妙な距離が感じられます。戦火を避けるため、都会からこの村に戻ってきた不在地主という雰囲気です。
そしてこの物語において夫婦より重要な位置を占めているのが二人の娘、六歳の妹アナと九歳の姉イザベルなのです。
2 フランケンシュタインとトトロの近似
『ミツバチのささやき』に登場する「父母姉妹」「都会から越してきた一家」「研究者の父」「母の不在」、これらは皆『となりのトトロ』にも当てはまる設定です。『となりのトトロ』では父親が考古学の徒であったり、母親は結核で入院中というように微妙な変更が加えられていますが、その役どころは大筋では変わっていません。
たしかに『となりのトトロ』で糸井重里が声を演じている父親は、馬車でなくバスに乗って大学へ向かいます。また『ミツバチのささやき』の女中の代わりに、『となりのトトロ』では隣家のおばあちゃんが登場しています。でも、これらの相違は本質的なものとは言えません。昭和三十年頃の日本の実情に合わせた変更ではないでしょうか。
何と言っても主役、すなわちサツキ、メイ姉妹およびイザベル、アナ姉妹の行動の一致が、両作品の近似を物語っているのです。
公民館に集った老若男女に混ざり、アナとイザベルは巡回映画の『フランケンシュタイン』を観ました。“フランケンシュタインの怪物”をボリス・カーロフが演じ、フランケンシュタインのイメージを定着させることになった映画です。
その夜、子供部屋のベッドで妹アナは姉イザベルに尋ねました。「なぜ怪物はあの少女を殺したの? なぜ怪物も殺されたの?」
「怪物も女の子も殺されていない」と答えた姉は、怪物はまだ生きていてこの村のはずれに隠れ住んでいると説明します。そして「お化けなの?」と訊く妹に対して、「あれは精霊なのだ」と教えたのです。
精霊が出現するという荒野の廃屋を教わった妹は、毎日ひとりで通うようになります。廃屋の井戸を覗き込み、精霊との邂逅を希うのです。
一方『となりのトトロ』では、姉妹は屋敷に棲んでいた黒いススのような生き物を発見します。「すすわたり」という名を隣家のおばあちゃんから教えられ、姉妹はお化けの存在を確信しました。
そしてある日のこと、庭の井戸の周りで独り遊びをしていた妹メイが、二匹の変な生き物を見つけます。その後を追いかけるうちに木の洞に落ち、トトロと対面することになったのです。
姉妹はそれが、以前絵本で読んだお化け(トロル)だと得心しました。自らもトトロとの邂逅を希っていた姉も、父親を迎えに行った稲荷前バス停でそれを果たすことになります。さらには猫バスまで見ることになるのです。
どちらの作品も、大人が見ることの叶わない超自然的な存在が、子どもたちに「みえる」ことが話の肝になっています。もちろん実写映画である『ミツバチのささやき』ではそれを実際に視るのでなく、幻覚のうちに見出すだけです。それに対しファンタジーである『となりのトトロ』では、妹のみならず姉すらも対面し、お化けの実在が確定されます。
両作品がとくに似ているのは、「妹の失踪」という事件が最後に起こることです。『ミツバチのささやき』の妹アナは朦朧とした意識の中で幻のフランケンシュタインと邂逅し、翌朝捜索隊に発見されます。『となりのトトロ』では、猫バスに乗った姉が、日が暮れる前に妹を見つけ出します。どちらもその捜索が物語のクライマックスになっているのです。
これ以外にも幾つかのシーンで、『ミツバチのささやき』の影響を『となりのトトロ』の中に見出すことができます。果たして宮崎駿は、翻案小説ならぬ翻案映画を作ったのでしょうか。
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