仁義なき英国タブロイド伝説


 はじめに

 イギリスには、日本には真似のできないスゴイものがいくつもある。
 知名度の高い例をひとつあげれば、フーリガンがある。使命感を燃やして一目散にサッカー場に駆けつけ、酒を飲んで大暴れし、手当たり次第にモノを壊す。人間を襲うこともある。ふだんは静かなサラリーマンが、人知れず凶暴なフーリガンに変身することもあり、「あの人、実はフーリガンだったのよ」と陰で囁かれたりする。これは日本人にはなかなか真似できない。
 遺伝子組み換えに断固反対を叫ぶチャールズ皇太子という存在も、ちょっと真似できないだろう。イギリスの王室はべらべらよくしゃべる。
 乗り越したら十ポンド(約二千円)の罰金、というロンドンの地下鉄もすごい。乗り越し運賃制度はない。サービス精神の欠如に胸を張る姿勢は、日本の交通機関には真似できない。
 キドニーパイを店の名物にする度胸もすごい。子牛の腎臓をタマネギと一緒に炒め、焼いたパイ生地を無造作にのせたものがキドニーパイだ。まずい。これを名物にして店の経営を成り立たせるには、かなりの度胸が必要である。
 そして何よりすごいのが、タブロイド判の新聞である。
 日本では「英大衆紙」と表現されることが多い。
 タブロイドは分量からして違う。一部八十ページはある。そこに大特ダネと大誤報、ゴシップと偏見、嫌み、他紙の悪口などが、はじけんばかりに詰まっている。読んでもあまり賢くならない。それでも面白いから読んでしまう。
 売り上げナンバーワンのタブロイドは「サン」で、三百万部を超える。これに「デイリー・ミラー」「デイリー・レコード」「デイリー・スター」「デイリー・メール」「デイリー・エクスプレス」「イブニング・スタンダード」と続く。日曜版のタブロイドもある。
 日本で「高級紙」と表現されるブロード・シートの売り上げ一位は、「デイリー・テレグラフ」の八十数万部に過ぎない。これだけでもいかにタブロイドが強いかがわかる。わたしの見るところ、イギリス人の八○パーセントは、タブロイドが大好きである。しかし、人口の大半がその事実を隠しているため、統計には表れないだけだ。
 タブロイドの記者にタブーはない。身分を偽って王室に潜入して居座ったり、議会に爆弾の材料を持ち込む実験をやったりする。特ダネのためならカネに糸目をつけず、情報を丸ごと買い占める。大キャンペーンを展開して国の制度や政策をひっくり返すこともある。日本に定着している紳士的なイメージとはかなり違う、イギリス社会の実像を映し出す鏡。それがタブロイドなのである。
 なぜそれほどまでにタブロイドは人々の心を惹きつけて離さないのか。どれくらいヤバイ記事をのせているのか。壮絶な特ダネと誤報というのはどんなものなのか。常識破りの程度はどれくらいぶっ飛んでいるのか。誰が喜び、誰が泣くのか。一体、彼らのジャーナリズム精神とは何なのか。
 これらの疑問に答え、タブロイドの世界を最深部まで探り、面白さと危うさのエッセンスをえぐり出してみせよう、というのが本書である。
 過去に遡って膨大な量のタブロイドを読破し、インターネットも駆使し、さらに業界関係者から耳寄りなネタを仕入れてこの本ができた。自分で言うのもなんだが、著者渾身の力作である。だが、気になることがひとつある。わたしが過去に書いた本は、いずれも内心、渾身の力作だと思っていたにもかかわらず、どれも売れていない。
 だんだん弱気になってきたのでもう一つ、念のために断っておこう。この本は読んでも人生の役には立たないだろう。それどころか、知性が売り物の新書にあるまじき内容だと、怒り出す読者がいるかもしれない。せっかく『バカの壁』で知名度を上げた新潮新書は名声を落とし、本書の担当編集者の横手大輔さんは、「おれが本当のバカだった」と嘆くことになるかもしれない。
 しかし、そんなことはわたしの知ったことではない。
 タブロイドは決してひるまない。責められると謝って開き直る。
「ごめんと謝っているじゃないか。悪気はなかった。だから何が悪い。ホンネで言ってよ、けっこう面白かったでしょ」
 この精神に学び、タブロイドの世界にご案内したい。

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