司法のしゃべりすぎ


 第一章 晴らすことのできない濡れ衣

 すわ、殺人事件発生
 ある町の中心に公園がある。昼は憩いを求める市民が散策し、夜にはデートスポットにもなっている。その公園の入口から見て一番奥にある竹林の中で死体が発見された。首にロープで絞められたあとがあり、警察は殺人事件と断定し、捜査を開始した。被害者V氏は普通の会社員であり、前夜退社後行方がわからなくなっていた。
 V氏の会社での同僚であるY氏はかねてからV氏と仕事上の折り合いが悪く、最近暴力沙汰を起こしたことがあり、これらの事情は職場で知れ渡っていた。これらの経緯からか、Y氏は警察から参考人として事情を聴取され、アリバイの説明を求められたが、たまたまV氏の死亡推定時刻に接近した時間帯のアリバイがなかった。再三の聴取を通じて、事件への関与を否定し続けた末についに犯人と断定されて、殺人罪で逮捕されてしまった。
 マスコミは、事件を大きく扱い、Y氏が犯人である疑いが濃いと報じていた。なるほど、Y氏にはアリバイがなく、日頃のV氏との折り合いの悪さを思えば、疑われてもっとも、ともいえた。その後、Y氏は、検察庁で不起訴処分を受けて釈放された。Y氏の犯行を疑う世間の目は次第に解消してゆき、Y氏は元の日常生活に戻っていった。

 損害賠償請求訴訟提起さる
 それから二〇年が経過した。Y氏は、このごろは、事件のことは忘れがちで、自分には関係ないが、そろそろ迷宮入りだなと思っていた。
 そんなある日、ある郵便物を受け取った。それは、Q地方裁判所からの訴状の送達であった。V氏の子であるX氏がV氏の唯一の相続人としてY氏を訴えたのである。
 中をよく読むと、Y氏はV氏を殺したとして損害賠償を求めている。請求額は、何と一億円であった。
 Y氏は、この訴訟では、殺害の事実を否認するとともに、除斥期間の経過(過ぎたこと)を主張した。殺人は不法行為である。一般に、不法行為の被害者は加害者に対し損害賠償請求権を取得するが、行為の時から二〇年を経過すればその請求権は消滅すると民法に規定してある。この期間を除斥期間という。
 審理が進むにつれ、争点は、「Y氏はV氏を殺したか否か」に絞られた。三年余の審理では、多数の証人を尋問した。いつの間にか、当事者ががっぷり四つに組む大事件になっていた。

 俺はやってない!
 Q地方裁判所は、請求棄却の判決をした。X氏の賠償請求は排斥されたのである。Y氏は判決書の冒頭から読み始めて、請求棄却を記載した主文欄を見て安堵した。「勝った。一億円を支払わなくて済む」というのが実感であった。
 しかし、その後に記載してある理由欄を見て驚いた。何と、そこではY氏がV氏を殺した事実を認定していたのである。
「俺はやってない!」Y氏は思わず叫んだ。
 殺害を認定する理由欄は延々と続き、Y氏は、最後には思考が混乱してきたが、気力を奮い立たせて理由欄の末尾部分を見ると、一旦発生した損害賠償請求権は除斥期間の経過により消滅したので請求を棄却すると書いてあるではないか。理由欄は一度読むだけでもいやになるほどの長文であるが、その九九%は「Y氏はV氏を殺したか否か」の点についての判断に費やし、残りの一%で除斥期間の経過を述べていた。
 X氏は、判決直後に記者会見し、裁判所がY氏の殺人を認めてくれたことで満足し、控訴はしない旨述べた。マスコミは、この事件を大きく報道し、「やはりY氏は犯人であった」といわんばかりの論調が続いた。

 あなたならどうする?
 ここで、読者がY氏の立場であれば、どうするであろうか。選択肢は二つある。一つは、何もしないという選択である。請求が棄却されたということは被告である自分は全部勝訴したわけであり、それ以上不服を持たないという考え方である。理由欄中で「Y氏はV氏を殺した」と認定したことは気にしないわけである。他の一つは、「Y氏はV氏を殺した」という認定は承服できないとして、名誉をかけてこの認定を覆す手続をとるという選択である。
 どちらにしなければならないという法はないから、人それぞれであろう。もっとも、Y氏は、第一審の審理を通じて「俺はやってない!」と主張し続けたことを思えば、第一審判決の前記認定を覆すために活動するのが自然である。

 そんなバカな!
 Y氏は、控訴を提起し、第一審判決の「Y氏はV氏を殺した」との事実認定は誤りである旨を主張した。ところが、控訴状を提出した第一審のQ地方裁判所から早々に控訴却下の決定が出され、Y氏の控訴は門前払いされてしまった。

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