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三十歳前後の頃、アメリカの大学で三年間ほど教えていました。以心伝心、あうんの呼吸、腹芸、長幼、義理、貸し借り、などがものを言う日本に比べ、論理の応酬だけで物事が決まっていくアメリカ社会が、とても爽快に思えました。向こうでは誰もが、物事の決め方はそれ以外にないと信じているので、議論に負けても勝っても、根に持つようなことはありません。人種のるつぼと言われるアメリカでは、国家を統一するには、すべての人種に共通のもの、論理に従うしかないのです。
爽快さを知った私は、帰国後もアメリカ流を通しました。議論に勝っても負けても恨みっこなし、ということで、教授会などでは自分の意見を強く主張し、反対意見に容赦ない批判を加えました。改革につぐ改革を声高に唱えました。アメリカでは改革は常に善だったからです。結局、私の言い分は通らず、会議で浮いてしまうことが重なりました。
数年間はアメリカかぶれだったのですが、次第に論理だけでは物事は片付かない、論理的に正しいということはさほどのことでもない、と考えるようになりました。数学者のはしくれである私が、論理の力を疑うようになったのです。そして、「情緒」とか「形」というものの意義を考えるようになりました。
そんな頃、四十代前半でしたが、イギリスのケンブリッジ大学で一年ほど暮らすことになりました。そこの人々は、ディナーをニュートンの頃と同じ部屋で、同じように黒いマントをまとって薄暗いロウソクのもとで食べることに喜びを見出すほど伝統を重んじていました。論理を強く主張する人は煙たがられていました。以心伝心や腹芸さえありました。同じアングロサクソンとは言っても、アメリカとはまったく違う国柄だったのです。そこでは論理などより、慣習や伝統、個人的には誠実さやユーモアの方が重んじられていました。改革に情熱を燃やす人も少しはいましたが、「胡散臭い人」と見られているように感じました。紳士たちはそのような人を「ユーモアに欠けた人」などと遠回しに評したりします。
イギリスから帰国後、私の中で論理の地位が大きく低下し、情緒とか形がますます大きくなりました。ここで言う情緒とは、喜怒哀楽のような誰でも生まれつき持っているものではなく、懐かしさとかもののあわれといった、教育によって培われるものです。形とは主に、武士道精神からくる行動基準です。
ともに日本人を特徴づけるもので、国柄とも言うべきものでした。これらは昭和の初め頃から少しずつ失われてきましたが、終戦で手酷く傷つけられ、バブルの崩壊後は、崖から突き落とされるように捨てられてしまいました。なかなか克服できない不況に狼狽した日本人は、正気を失い、改革イコール改善と勘違いしたまま、それまでの美風をかなぐり捨て、闇雲に改革へ走ったためです。
経済改革の柱となった市場原理をはじめ、留まるところを知らないアメリカ化は、経済を遥かに超えて、社会、文化、国民性にまで深い影響を与えてしまったのです。金銭至上主義に取り憑かれた日本人は、マネーゲームとしての、財力にまかせた法律違反すれすれのメディア買収を、卑怯とも下品とも思わなくなってしまったのです。
戦後、祖国への誇りや自信を失うように教育され、すっかり足腰の弱っていた日本人は、世界に誇るべき我が国古来の「情緒と形」をあっさり忘れ、市場経済に代表される、欧米の「論理と合理」に身を売ってしまったのです。
日本はこうして国柄を失いました。「国家の品格」をなくしてしまったのです。現在進行中のグローバル化とは、世界を均質にするものです。日本人はこの世界の趨勢に敢然と闘いを挑むべきと思います。普通の国となってはいけないのです。欧米支配下の野卑な世界にあって、「孤高の日本」でなければいけません。「孤高の日本」を取り戻し、世界に範を垂れることこそが、日本の果たしうる、人類への世界史的貢献と思うのです。
本書は講演記録をもとに、それに大幅に筆を加えたものです。話し言葉に品が欠けていたため、ほとんどすべての文章に筆を入れる羽目になりました。品格なき筆者による品格ある国家論、という極めて珍しい書となりました。
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