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今、時代はひらめきを必要としている 時代によって、求められる人材、能力の質というものは変わってきます。 産業革命以前、今で言う第一次産業が生産の基礎だった頃は、肉体労働がメインでしたから、それに耐えうる身体が必要とされました。産業革命以後、近代を経て高度経済成長を迎える頃には、知識が豊富な人や事務処理能力の高い人、俗に言う「ホワイトカラー」が評価されてきました。 では、現代社会においてどのような能力が求められているのでしょうか。 そのキーワードとして、「創造性」や「ひらめき」を挙げることができると私は思っています。 創造性やひらめきは、もちろんいつの時代にも必要とされてきたものですが、現代社会においてこれまで以上に必要とされ、より評価される時代になりつつあることを最近つくづく感じます。 例えば、二〇〇〇年のノーベル物理学賞を受けたジャック・キルビーのひらめきは、現在は世界的な半導体企業として知られるテキサス・インスツルメンツ社に彼が勤務していた一九五八年の夏に訪れました。それまで、様々な素子をつなぐことで作っていた電子回路を、一つのシリコン基板上に作製してしまう「集積回路」のアイデアを思いつき、実際に製作し、特許として出願したのです。この「キルビー特許」は、歴史上最も有名で、そして莫大な経済的利益をもたらしたひらめきの一つとなりました。 今日、私たちが使っているコンピューターの中には、キルビーの発明した「集積回路」をさらに発展させたインテルやIBM製の「チップ」が入っています。キルビーのひらめきなしでは、今日の高度に発達したコンピューターも、インターネットもなかったと言えるでしょう。 そのインターネット上の情報の検索でまたたく間にナンバーワンの地位を築いた「グーグル(Google)」。今や、「グーグル」で情報を検索して調べることを「ググる」というくらい定着していますが、その急成長の背景には、一つのユニークなアイデアがありました。あるウェブサイトの重要度を、そこに対してリンクを張っている他のサイトの重要度(ページランク)の合計で判断するという、きわめてシンプルなひらめきによって、グーグルは、重要度を手作業で決めていた他の検索エンジンに対して優位な地位を確立することができたのです。 しかし「ひらめきが重要になる」のは、何も企業買収やノーベル賞級の「大きなひらめき」のことだけではありません。日常の中での「小さなひらめき」も私たちが充実した人生を送る上で、とても大切なのです。 日常で起こる様々なひらめきが私たちの生活を変え、豊かにしていると言っても過言ではありません。 例えば、出かける前に服が決まらずグズグズしていた時に、奥にしまいこんでいたカーディガンを組み合わせれば良いとひらめく。 どうしても英語の勉強をやる気がしなかったのは、教材がつまらないからで、自分の好きな映画だったらいくらでも繰り返し見ることができて、その英語がすんなりと耳に入ってくるのではないかと気づく。 電車の中で、おばあさんに席を譲らずに知らん顔をしている若者を、傷つけることなくやんわりと注意する言葉を思いつく。 それぞれの人によって、大切なひらめきが効いてくる場面は異なるでしょう。いずれにせよ、ほんの少し視点を変えること、たった一つの発想の転換を思いつくことで、無駄な努力をしたり、ヤキモキしたりせずに人生の「フロー状態(リラックスして、最大の能力を発揮できる状態)」を実現できる。 ひとりの人間がより良く生きるためにも、ひらめきというものが今まで以上に大切な要素となりつつある。そんなことを最近よく感じるのです。 そのひらめきには理由がある 私たちはこれまでひらめきというものを神秘化して、それがどのようなプロセスを経て起こるのかを見ようとしてきませんでした。しかし最近になって、脳科学の現場で、創造性やひらめきのメカニズムを解明しようと、様々な研究が行われ、成果を挙げるようになってきました。科学が今まで様々なことを明らかにしてきたように、ひらめきにも必ずその理由がみつかるはずです。 十九世紀のフランスに、パスツールという細菌の研究をした化学者がいました。 彼は「微生物は自然発生するものではなく、細菌から生まれるものである」ということを実験で示し、従来の自然発生説を覆しました。つまり微生物にまつわる神秘のヴェールをはがしたのです。 ひらめきについても、神秘のヴェールをはがす作業がこれから必要になるのではないでしょうか。「天啓」(天のみちびき)という言葉があるように、ともすれば私たちは、ひらめきは天から降りてくるもの、自然発生するものと考え、それがどのようなプロセスを経て起こるのか、まじめに考えてこなかったように思います。 しかし、自然とは決して飛躍しないものです。事物には必ず連続性があります。パスツールが微生物の発生を科学的に証明したように、私たちはひらめきというものを科学していく必要があるのではないでしょうか。 なぜひらめきが生まれるのか、それを生み出す脳の働きとはどういうものか。脳の中だけではなく、ひらめきやすい環境とはどういうものか。こうしたことをこれから考えていく必要があると思います。幸い脳科学研究の現場で、それを裏付ける研究成果も挙がってきています。それらを紹介しながらひらめきの重要性について考えていきたい、それが本書の目的です。 |