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ポリティカル・セックスアピール―米大統領とハリウッド―
井上篤夫

トム・クルーズを大スターに仕立てジョン・レノンに復活を遂げさせたハリウッドの大物は、ビル・クリントンを大統領にした陰の立役者でもあった――。米大統領選の裏側で、もはや映画製作者たちは欠かせぬ存在だ。どの陣営も有能なスタッフを抱え込みイメージ戦略を練っている。ちょうど映画スターを売り出すように。ルーズベルトからオバマまで、ハリウッドとワシントンがいかに結びついてきたかを検証する。

ISBN:978-4-10-610274-5 発売日:2008/07/17

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ポリティカル・セックスアピール―米大統領とハリウッド―



  はじめに

 二〇〇八年一月三日、大統領予備選挙を争う民主党候補のヒラリー・クリントンは、アイオワ州の民主党党員集会で、それまで互角に戦ってきたバラク・オバマに大きく水を開けられ惨敗し、窮地に立たされていた。ところが、五日後のニューハンプシャー州の予備選では、地盤的に不利と言われていた予想を覆し、一気に立て直しに成功する。それには、実はある計算されたひとつの仕掛けがあった。
 この予備選の前日七日、ヒラリーは支持者との対話集会に出席していた。そのとき、彼女は突然、感極まったように彼らの前で目をうるませて、熱っぽく国の未来を憂える心情を語りだしたのだ。ヒラリーの表情はハリウッド映画のヒロインのようにも映った。このシーンが報道されるや、人びとの共感を呼び、一位を獲得することになったのである。いかにもアメリカならではの世論の作られ方と言えよう。
 しかし、これが“演出された”ヒラリー陣営の戦略だったとしたらどうだろう……。

 今回の選挙では、ヒラリーは「強い女」のイメージを払拭しようと必死になっていた。ヒラリーは個性が強い政治家である。それだけに、支持者が多いと同時に「ヒラリー嫌い(ヘイター)」も極めて多い。そのため彼女は、幅広い層の支持を獲得する作戦に打って出て、専属のハリウッド・プロデューサーをスタッフに置いていたのである。だから、ヒラリーの行動の裏には、実はハリウッド・チームの緻密な計算がなされている。たとえば、子どものころ以来避けていたハンバーガーにかぶりついてみせた。ハリウッド女優とまではいかなかったが、あえて大きな口を開けて笑って、メディアに話題を提供もした。ファッションに疎いというイメージを払拭するために、TPOに応じて、ローファーシューズを少しヒールのあるシューズに履きかえたりした。ヒラリーの大きな柄のカラフルな服装は、ハリウッドの重鎮で、ファッション誌のカリスマ編集長、アナ・ウィンター(メリル・ストリープ主演の映画『プラダを着た悪魔』のモデルと言われる)が決め、スピーチも専属のスピーチライターが書き、世論の反応を確かめながら、話し方、スタイル、内容に修正を加えている。すべては「親しみやすさ」を演出しようとするためである。
 何もこうした戦略をとるのはヒラリーに限らない。ライバルのオバマだって例外ではない。大物プロデューサー、デヴィッド・ゲフェンなどのハリウッド演出を取り入れている。ブルーやグレーのスーツに白いシャツのオーソドックスな装い。シャツをまくりあげて、若さや安心感、そしてセクシーさをアピールした。あるいは、共和党のジョン・マケイン大統領候補も同じだ。海軍航空士官としてベトナム戦争に従軍、捕虜になった経歴を持つ彼は、『ターミネーター』シリーズのアーノルド・シュワルツェネッガー・カリフォルニア州知事や、『ロッキー』『ランボー』シリーズのシルヴェスター・スタローンの協力を得ることで、「歴戦の英雄」というイメージを強調している。
 ハリウッドとワシントン――実は、今や映画と政治にはかつてないほど密接な関係がある。政治が動くとき、そこにはハリウッド・パワーを見ることができるのだ。

「ポリティカル・セックスアピール」という言葉がある。政策や主義主張を語る前に、有権者を惹きつける力があるかどうか――。今日、政治家に一番求められている資質は、実はこの「人を惹きつける力」なのである。日本でも小泉純一郎元首相や東京都の石原慎太郎知事、あるいは宮崎県の東国原英夫知事の例もあるが、アメリカでは日本など比較にならないほど大きく、このポリティカル・セックスアピールが政治家にとって「シネ・クア・ノン(必須条件)」、不可欠な要素と言えよう。
 もっと言うなら、つまり現代のアメリカ大統領に必要な資質は、その政治家としての力量はもちろんのこと、映画俳優のような魅力なのである。もはやひとりの政治的なカリスマ性だけで戦える時代ではない。有能なチームスタッフたちを引き込むためにも、大衆を惹きつけるポリティカル・セックスアピールを持っていることが絶対的な条件とされるのだ。
 選挙運動スタッフたちは、キャンペーン中に広く大衆の支持を得るためにさまざまなイメージ戦略を展開する。ハリウッドがスターを売り出すときに行なう戦略とまったく同じである。

 本書では、ハリウッドとワシントンがどのようにして結びついたのか、そのアメリカの政治史、特に大統領のあり方について振り返りながら、今日ではいかに両者が切っても切れない存在になっているのか、その濃密な関係を検証してみるつもりである。
 あるいは、これは、大地に足をつけた人びとの、本来の「アメリカ現代史」とも言えるだろう。

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